僕は、10代の時に出会った、
『ピーターパンの冒険』(毎週日曜の夜にやっていた)
『天空の城ラピュタ』(ご存知「スタジオジブリ」の宮崎作品)
『17才~at seventeen~』(フジテレビのドラマ)
という3作品に、いまだに首根っこを掴れて、逃げられないでいる。
というより、むしろずっとそこを目指して生きてきたのかもしれない。
思春期の頃、コドモは大抵の場合、オトナに対して失望をする。そして、
「あんなオトナには絶対になりたくない」と思いながら成長をし、そう誓ったコドモも、大抵はいつのまにか「あんなオトナ」になっていて、平然とまたコドモを失望させる。
10代の頃の僕は、この「輪廻」がどうしても許せなかった。
「俺こそはオトナになっても、絶対に変わらないでいてやるんだ」
・・・そう豪語する姿は、今思うと、さながらあの「ピーターパン」そのものだ。
そうはいっても、僕も様々なオトナの事情を知って、社会の荒波ってヤツに少しずつ揉まれ始めると、どうにもコドモのままでは不都合な事態に何度も遭遇をし、ついには、いくらかの妥協をして、僕は中途半端なオトナになってしまった。
少年の僕が今の僕を見たら、一体何というだろう・・・。
まあ、そんなのは知ったこっちゃない。生きるってのはなかなか大変なことなのだ。コドモには分からないだろうよ・・・。
そんな風に結局はスレて、汚れて、ある部分、立派なダメオトナになってしまった僕。
・・・ところが、人間はそう簡単に割り切れたものではなかったのである。
僕の中には、やっぱり今でもラピュタがどっかに浮かんでいて、ネバーランドがあって、そこを人生の目的地みたいにして生きているのだ。いくら「オトナの快楽」を覚えても、そんなものよりも大切なものが、僕の心から絶対に消えないで残っている。
いつのまにかオトナになってしまったと思っていた僕が、実はいまだにそこに救いを求め続けていた。そんな自分に対して、なんだか滑稽な感じもするし、また、少し安心もするのだった。
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