創業以来、社長や副社長は一切の役員報酬に類する報酬を手にしていなかった。毎月の営業収益はその大部分が賃金と従業員の福利厚生のために使われた。確かに、金融機関からの借り入れはなかったが、反面、預金もトヨタ自工などからの振込口座があるだけという状態だった。工場建設の青写真が出来上がったところで、副社長が東海銀行挙母支店の審査窓口に出向いた。


鬼頭工業株式会社|KITO MAC|
市街地の北はずれから一転、南はずれの挙母市広路町(現、豊田市広路町)で585坪(約1930平方㍍)の田園を取得した。ここからトヨタ自工挙母工場は直線距離で2㌔㍍弱。同工場を結ぶ一本道の両側には数軒の農家があるだけだった。


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こうしたなかで、当社は60万円(当時)を投じて関西鉄工所製のシャーリングマシンを購入した。まだ月間の売上が30~40万円という時代で、設備負担は重く感じた。それでもトヨタ自工の乗用車生産が本格化するなかで、鋼板製の部品箱の発注も加わって、この新兵器は業績向上に大きく貢献していった。


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