鬼頭工業 30年の歩み 145昭和34年10月、三菱重工業株式会社で航空機設計の経験をもつ井川喜博(現、技術部顧問)を得た。当時、若い設計技術者は数名いた。ただ、新しい分野への展開をはかるためには、数多くのノウハウを蓄積しているベテラン技術者が欲しかった。井川はこうした鬼頭社長の思いにピッタリだった。鬼頭工業株式会社|KITO MAC|
鬼頭工業 30年の歩み 144人材発掘と社内の組織作り設備機械や治工具の設計、製作には技術が不可欠の要件である。洗浄機の開発に当たって、鬼頭社長は身をもって体験した。以来、八方手をつくして、人材発掘に取り組んだ。鬼頭工業株式会社|KITO MAC|
鬼頭工業 30年の歩み 143新築したばかりの社長宅が、深夜作業から帰って来る従業員の休息の場となり、時には宿泊の場にもなった。移転した年にもかかわらず、その年の売上高は、高畑時代の約2倍に達した。鬼頭工業株式会社|KITO MAC|