株式会社に改組した時点で85名だった従業員は、昭和36年(1961年)時点で108名と、100名の大台を初めて突破、37年(1962年)には118名に達したが、これら経営スタッフの増強によって企業体質にも力がつき始めた。


鬼頭工業株式会社|KITO MAC|
当時、当社の組織図はしごく簡単だった。社長の下に事務係、企画設計係、製造部があるだけ。個性のある人間集団ではあったが、就業規則など名ばかりで、組織としての規律に問題を残していた。鬼頭稔はさっそく組織づくり、就業規則や退職金規定づくりなどに取り組んだ。


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