鬼頭工業 30年の歩み 320高度成長時代のまっただ中にあった昭和45年。2月には鹿児島県内ノ浦の東大宇宙航空研究所から打ち上げられた国産人工衛星が初めて軌道に乗り「おおすみ」と命名された。そして3月15日、世界77ヵ国の参加を得て、大阪府下の千里丘陵で日本万国博覧会が開幕した。“人類の進歩と調和”をテーマとする同展は、当時の科学技術の粋を結集したもので、183日間にわたる会期中の見学者は621万人に達した。 鬼頭工業株式会社|KITO MAC|
鬼頭工業 30年の歩み 318一部品に値する従業員、これは機械の部品と異って、豊かな心と良識をもった従業員です。素晴しいアイディアと人の和を尊重する人々です。こういう人々が一致団結したならば、今年の年末停車駅(売上げ20%アップ)には充分余裕をもって停車することができるでしょう。 鬼頭工業株式会社|KITO MAC|
鬼頭工業 30年の歩み 317運転手である社長は、登りになればエネルギーを補給し、スピード調整し、常に前を見て、世間の風や、業界という信号の出どころを確認し、今日も、明日も「鬼頭号」は走りつづけます。 鬼頭工業株式会社|KITO MAC|
鬼頭工業 30年の歩み 316超特急「鬼頭号」の運転手は社長、コンピューターや各車両の部品は従業員という訳です。一つの車輪にひびが入っても、鬼頭号は円滑に進みません。小さなギヤがなくても、ボタンが動かなくても信号が送れません。大も小もそれぞれの持ち場、立ち場でベストを尽しています。 鬼頭工業株式会社|KITO MAC|