そして、広路町に移転したのを機に、昭和37年10月、大阪で開幕する第1回国際工作機械見本市への出展を決意した。出品物は全自動式精密機械部品洗浄機、可搬式横ボール盤、超小型エアシリンダーの三機種。いずれも、トヨタ自工に納入した製品モデルにしたものだった。


鬼頭工業株式会社|KITO MAC|
これが動機となって、鬼頭社長は、設計技術者の第一号として採用した磯谷哲(現、株式会社産技代表取締役)を連れて、トヨタ自工の工場内を丹念に見て回る時間が多くなった。洗浄機のほか、ごく簡単なスポット溶接治具、位置決め治具などの受注生産にも取り組んだ。


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自社製品第1号のエンジンのシリンダーブロック自動洗浄機

トヨタ自工の要請を受けて、みようみまねで作りあげ、昭和33年9月、挙母工場(現、本社工場)に納入したトラック用エンジンのシリンダーブロック自動洗浄機は、当社にとって自社製品第1号となった。こんにちの洗浄機からみると、洗浄効果を無視した代物として片付けられるが、当時は手洗浄を機械化したこと自体に意義があった。


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第5編 製 品 開 発 史

当社の製品開発史は、昭和33年のキャビネットタイプの自動洗浄機の受注生産に端を発している。その後、技術力を着実に蓄積、乗用車エンジン組付けライン用専用機の生産開始(昭和40年)、西独KUKA社との技術提携による溶接機分野への本格参入(昭和46年)などを背景に、その奥行きを深め、すそ野を拡げてきた。そしていま、溶接機、洗浄機、専用機、油・気圧機器の総合メーカーとして磐石の基盤を確立、国際化時代のなかでいっそうの飛躍をめざしている。


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①年率30%の売上高増加を実現し、昭和60年度に売上高100億円企業の仲間入りを果たす、②年間30%の原価低減をめざす、③不良品発生率の30%削減を実現する――というのが骨子。それぞれの数字は、安定成長時代の中にあって非常に厳しい挑戦課題といえるが、過去30年の歩みを回顧するとき、新しい活力もわいてくる。溶接機部門60%、専用機、洗浄機、付帯設備40%の構成比を求めて、鬼頭工業は創業31年目に向けて船出したわけだ。


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