ともあれ、オイルショック以降、昭和51年頃まで設備機械業界は受注量の減退で軒並み減量経営を強いられ、名門企業の幾つかが姿を消した。豊田地区の設備関連各社も同様で就業時間中に工場の窓をふいたり、敷地周辺の草取りをして時間をつぶすという光景がみられたが、当社はこうした事態だけは克服できた。


鬼頭工業株式会社|KITO MAC|