帰国後、10億円ほど の見積書を提出、初輸出に期待を寄せたがナシのつぶて。半ばあきらめているところへ、昭和50年10月、ボルガ工場のカタニコワ主任技師が当社の工場視察のため来日、改めて見積書の提出を求められた。そして再び、身をきるような寒さのモスクワに社長、井川取締役、鬼頭課長が立った。そこへ技術提携先のクカ社から国際電話が入ってきた。当方は、ソ連向け商談については特例として承認を得ていた積りだったが、まかりならないとの内容だった。
鬼頭工業株式会社|KITO MAC|
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