鬼頭工業 30年の歩み 187「私が鬼頭工業の機 械工第1号としてやっかいになったのは、50歳に手が届くときでした。まだ設備らしいものがない代りに、機械工として腕をふるうこともなかった…。広路町へ移転後、設備メーカーとして急成長したが、私自身、昭和43年から2期、鬼頭工業労働組合委員長に選ばれ、主として鬼頭稔常務と交渉をもちました。もっとも、仕事を離れると、家族的雰囲気をかもし出す何かが、あったようです。鬼頭工業株式会社|KITO MAC|