トヨタ自工の生産現場に将来へ向けての気迫が感じられるようになった。石田社長の自動車国産化宣言に沿って生産体制が強化されるなか、昭和31年(1956年)1月、鬼頭社長が師と仰いでいる中村健也技術部主査(当時)の設計になるトヨペットクラウンが初出荷された。さらに、この年の7月、小型トラックのトヨエースが登場、当社としても、作業現場への人員搬送用にと、1台購入した。


鬼頭工業株式会社|KITO MAC|