鬼頭工業 30年の歩み 045“酸素屋”――当時 、溶接業といえば、カーバインドを使ったアセチレンガス溶接が主流を占めていた関係で、もっぱら“酸素屋”の別称で呼ばれていた――としての基盤強化を図るため、ガス溶接の資格をもった専門技術者の確保も大きな課題であることが判った。そこで、トヨタ自工から永田工業所時代、いっしょに汗を流した村上一巳に入社を懇請、快諾を得た。鬼頭工業株式会社|KITO MAC|