ただ、1年、2年と時間が経過していくなかで、経営理念をめぐっての意見対立は深刻になっていった。鬼頭一雄は、積極的な企業拡充論を展開したが、そこは雇われの身で、採用してもらえなかった。彼はここで、自分の信念を貫き通すには独立しかないと、退職を決意。昭和25年(1950年)の年の瀬も迫ったある日、辞表を提出した。


鬼頭工業株式会社|KITO MAC|