トヨタ自工での技術習得

時は流れ、昭和10年(1935年)11月、自動車の本格生産をめざして株式会社豊田自動織機製作所が刈谷町とその周辺部で大量の板金工を採用した。豊橋で5年間、技術を磨いてきた兄・釦太郎にも高級優遇をうたって誘いの手が伸びてきた。自動車産業の将来性を聞かされ、就職したが、就業当日からトラックのフェンダー生産現場に配属され、鉄板のたたき出しを行ったという時代である。


鬼頭工業株式会社|KITO MAC|