ヤッホー! やまたん で~す。
先週の土曜日、いつもの様に深夜便を聴く。
自分史から読み解く上方芸人という話で、
女優、浪花千栄子さんの話でした。
生きてれば104才位の御年になると思います。
浪花さんが、一度だけ書いた、「自分史」の解説を
されていたのですが、
私は、この浪花さんの生い立ち、超極貧生活の
話を聴いて恥ずかしくなりました。
詳しくは後述しますが、
私も団塊世代前の生まれで、戦後、樺太から、
引き揚げ、戦後の物資不足の時代を過ごした者
として、食糧難による代用食とかで、そこそこ大変な
暮らしを強いられはしたものの、浪花さんの極貧生活
は、言うところの筆舌に言い尽くせぬというか、
極貧なんていうものでは無いのです!!!
私も、たま~にですが、
話の流れで、戦後の食糧難や住居難の苦労話を
する事がありますが、今後、二度と、
この程度の苦労話は、しない事にしました。
(恥ずかしいです!)
浪花さんの生い立ちは、こうです。
8才の時、父親により、
道頓堀の仕出し弁当屋に女中奉公に出されます。
(はっきりいって売られたということ。)
弁当屋の主人は大変ケチな人で、
浪花さんの食事は、弁当の残飯を流し台に
排出させ、その中の米粒一つ一つを拾って
食べさせられたという事です!
そのような奉公生活の中でも、
空の弁当箱を芝居小屋に下げに行った帰り際に
垣間見える舞台を盗み見るのが、何よりの
楽しみだったそうです。
そんな環境ですから、勿論、学校で学ぶことも
できず、字を覚えるのに、新聞紙をちょっと破り、
その記事をトイレの中で見て、送り仮名や漢字を
覚えたとの事です。
そんな生活を7年間送り、今度は16才の時に、
またも父親が浪花さんを京都へ、女給として
売り飛ばすのです。
父親は浪花さんを仕出し屋に奉公に出した後は、
この京都につれて行くまでも、唯の一度も会いに
来なかったそうです。
京都の女将さんが大変良い方で、
18才の時に、村田栄子一座に浪花さんを紹介
することになり、間もなく舞台にも立つ事になり、
その後、巡り巡って、「新潮劇」 に参加、
2代目、渋谷天外氏と出会い、昭和5年に
渋谷天外氏と結婚するも、天外と新人女優との間に
子供が生まれたのをきっかけに離婚し、
その後、花菱アチャコとの出会いがあり、
まだまだ続きがありますが、
ここまで聞いただけでも私は本当に浪花さんの
人生を聴いたら、これ程の苦労話はちょっと
聞いた事が無いなと、オーバーな言い方になりますが、
「感涙に咽ぶ」 とは、こんな事ではないのか!
と思った次第です。
なので、「取るに足らない様な些細な苦労話」 を
さも自慢げに話すのはおこがましくもあり、
本当の苦労人や立派な人物は、のちのち、
世間が評価するものなんだと深く感じ入りました。
「NHKラジオ深夜便は本当に素晴らしい」 です!
それでは、本日はこの辺で・・・・・・・・・・
やまたん でした。
