若草色のねんねこ -39ページ目

若草色のねんねこ

私は私の中のたくさんの私と生きてゆく事を誓います





今日は同僚と軽く食事



帰りのタクシーでふと思い出した


「あんたはさあ、友達付き合いが゛広く浅く゛だよね」



高校時代からの友人に
数年前に会ったときにいわれた言葉



そのときは、なんだかカチンときて


なんだい、あたしゃー深く人と付き合えないようなダメなやつだってことかい



と、思ってしまって苦笑いした



ちょっとしたヤッカミもあったのかもしれないし、
ほんとにただ悪気なく思ったことを言っただけかもしれない



確かに、知り合いは多いほうだと思う



でも
泣きそうに思い詰めたとき、
ただただぐちって「うん、うん」
といってくれる人が必要なとき、


相手の都合とか
自分に対する評価とか
価値観とか

いっさいがっさい気にする暇なく
電話できる相手はどれくらいいるだろうか



人数じゃない
ひとりでもいればいい


もっと言えば、
家族さえいれば百人力、千人力だ




そんなことはわかっているのだけど
なんか孤独だな、と思ってしまった



つくづく、私は贅沢な人間なんだなと思う



まずは、誰かの泣き言を
うん、うん
ときいてあげられる器を作ろう



そこからですな







なんとなく右胸を触ってみた


しこりに触れた



全身から血の気が引くみたい





こわいな




こないだ良性って言われたばかりなのにな




信じよう




なんかもうよくわかんない・・









昨年、Ryan Dunnが死んだと知ったとき
ちょうど10年前の彼の映像を観ていた


この時まさか自分が10年後に死ぬなんて思いもしなかったろうな・・
と思ったら無性に悲しかった


さいきん、とある乳がん患者さんのブログに出会った


すこし読んでいる間に
3ヶ月前の日付で更新が止まっていて
その記事が異様にコメント数が多いな
と思っていたら
彼女はすでに亡くなっていた


最初の記事から見たくなって
いまむさぼるように読んでいる



彼女はもういない
でも、いま私が読んでいる記事の中では
確かに生きていて
治療したり生活したりしている


基本的にポジティブな言葉選びで綴っているなかでも
検査への恐怖や、副作用の辛さも垣間見える
それでも、生きている


いま私が読んでいる部分に生きていた彼女は
死ぬかもしれない恐怖もあったのだろうが
やっぱりあと数年で死ぬなんて思っていたのかな


そんなこと、私が想像してはいけないよな





私のしこりは、検査の結果
良性でした


何時間もかけて、いくつも検査を受けて
局所麻酔を使って胸を切ったりもした



ひとつひとつの検査が怖かったし
特に胸を切ったのは、怖くて怖くてたまらなかった
しばらく傷口は痛かったし
職場で言えなくて、無理して動いて
痛くなってこっそり泣いた
今もたまに痛い
からだが冷えると途端に痛む



ちょっと切って腫瘍の細胞を採るだけ
言ってしまえば簡単だけど
私には怖くて痛くて最悪だった



検査を受けた一週間後に
検査結果をききにいって
良性です、と


でも経過を見なきゃいけないから
夏前にまた来てね、と



終わりじゃないんかい
またいろんな検査を受けなくちゃならないのか・・



しこりの大きさは2.3センチ
切ったら、目立つ傷が胸に残る



亡くなった乳がん患者さんは
しこりは良性です、と言われた
8か月後に
実は悪性の癌であることがわかって
最初の良性の診断から5年後に亡くなった



悪い想像ばかり頭をぐるぐる



良性であることを素直に喜べばいいのに




感情に波があって


まあ良性だし、
そんなにしこりの存在が気になるなら
残る傷跡なんか気にせず
先生、切っちゃってください
とでも言ってみようか

と思う日もあれば

しこりが痛む日は泣きたいくらい
どうしよう・・と思う



ああ~
ここまで書いて
自分の暗さ、ネガティブさにうんざり

これではいかん!