蛙がヒョコッと土の中から顔を覗かせ、のこのこっと這い出してきました。
まだ少し眠そうに、でも、太陽に向っておはようと元気よく両手を伸ばし挨拶をしています。
気持ちよさげです。

「啓蟄(けいちつ)」、蟄とは隠れる、啓は開くと言う意味です。
冬の間、寒さから身を隠していた土を除けて虫やにょろにょろたちが地面に出てくる季節なんですネ。
 

七十二候の第七候、「蟄虫啓戸(すごもりむし/とをひらく)」も同じ意味です。
土の中で寝ていた虫たちが戸を開けて出てくると言う言い方が、面白いでしょ?

さて、この時期、伊豆の河津桜が3月中旬までは見頃とのことです。
この河津桜は寒桜なのですが、春を待ち遠しい人にはちょうど今が見頃です。
江戸っ子は気が早いと申しますが、この河津桜なんぞはもっと気が早いやね。

 

  虫たちが
      
    春に誘われ  ピクニック (クマ:お粗末)

 

閑話休題、
蛙桜(カワズザクラ)、もとい、河津桜の旬もそろそろ終わりに近づきましたが、

食べ物の世界でもやはり、旬があるそうでございます。
鮨屋に行きますと妻はよく赤貝を食します。
ちょいと貧血気味の妻は、あの赤貝の赤色に食指が動くそうです。
それもそのはず、赤貝の体液は、われわれ人間と同じくヘモグロビンから

できていますので、きっと妻は血液補給をしているのでしょう。
また、赤貝にはビタミン12や、鉄分、カルシウムが多く含まれており、

貧血予防としても適しているようです。

 

さて、つけ場では板さんが、ピシッと俎板に玉(赤貝の身のことです)を叩きつけます。
プクッと膨らんだ玉が一瞬、生きているかのように、身悶えし、身が縮みます。

赤酢のシャリを少なめに手に取り、大きな本玉を宝物でも掌(たなごころ)に

隠すかのように、包み込み、スッとつけ板に差し出します。
動と静の間合いの良さ。赤貝を手で摘み、口にいれた瞬間、滋味深い海の香りが

口いっぱいに広がり、締まった身の歯ごたえが心地好いものです。


<時候を表わす季語>

さてさて、啓蟄となり、虫たちが土から顔を出し、
土のにおいと空気の美味さを噛みしめています。
クマの故郷、富山では雪に覆われた地面に陽の光が当たり、
土の匂いが鼻に春が来たことを教えてくれます。

 

ようやく春になったんだ! 
春を待ち焦がれた喜びに土の匂いが堪らなく愛おしく感じるのは変でしょうか?

クマと同じような思いを持った人々がこのような季語を紡ぎ出してくれました。
「春の土」、「土匂う」、「土の春」、「土恋し」あるいは、「春泥」。

高浜虚子に、「鴨の嘴(はし)より たらたらと 春の泥」と言う句があります。
さっと泥水の中にくちばしを突っ込み、満足げに顔をあげます。
くちばしには、泥水が滴ります。
生きているという実感が飛び込んで来るクマの好きな句です。

 

   なにものの

 

      おわすや膨らむ

 

            春の土(クマ:お粗末)


<時候を表わす色>

日本の土の色と言えば、「黄土色(おうどいろ)」でしょうか?
昔は、和室の壁にこの色がよく使われていました。
今は、壁紙に変わっていますし、家に和室そのものもないでしょうから、イメージもし難いのではないでしょうか?
この土を塗ったばかりの壁は、黄土色よりも暗く灰色がかった色ですが、

江戸時代に流行ったそうで、その名も「生壁色(なまかべいろ)」と言います。

さらに、江戸の根岸、今の台東区あたりで採れた灰色がかった黄緑色の

土を「鼠根岸(ねずみねぎし)」とか「根岸色(ねぎしいろ)」と言いました。
これはとても上品な色合いです。

 

今日はここまでお読みいただき、ありがとうございます。

このような歳時記をエッセーにしました。

どうぞお手に取ってご覧ください。クマこと高柳昌人(向龍昇人)でした。