と、評価する見方に立つと 別の地表も見えてくる。

この法案の提出の時期も唐突である。マニフェクトにもなかったものを政権の基盤が固まったとはいえないこの時期にである。衆議院での過半数は握っているとはいえ、この問題については党内意思が必ずしも固まってないうえ、鳩山は脱税のペナルチィーをとられ。幹事長は検察の追及をうけていると言うのにである。 なんとも 違和感を覚える、なにかの陰謀勢力があると考えるとする。と どうよ、

 法案自体はとんでも法案である勢力が世界の先進国でなぜか議案として提出されて否決されている法案である。当然である国民の主権行使の手段を特定の外国人にもあげます認めますといった法案が通るはずがない。フランス イタリアあたりでの憲法違反を根拠とした勢力に否決された、妥当な判断だろう。 日本の法案上程をまえにして 韓国は大賛成 中国人は反対するのは無駄かもよ~と。

思って笑っているのでは、中国共産党は近年に海外渡航の制限政策から積極的に海外移住と帰化をすすめ その移住者たちに 母国の恩を忘れずその国での政治に積極的に参加せよと すでに指令されている。 台湾では花嫁移住した中国人の政治権利を認めさせ 中国人花嫁50万人の選挙権を認めさせた 台湾の政権自体が親中国派ですから このまま 台湾を飲み込むつもりでしょうか!?

まあ、最終てきには武力衝突は避けられないでしょうが 東洋の膨張かもしれません。

 日本はかつて、自国の経済発展のためにも アジア共栄圏を創設を目指したのだと考えると 前回の武力統合は失敗とするなら、友愛卑屈統合も 名を捨て実をとる わが国の宇宙人首相ならば こその世界観で アジア構想といえる かも?しれない  

 自分でも話の展開が分からなくなった~。  疲れたので つづきは、何れかくべ



江戸時代の貨幣の事始め 宝永二年 1705年金座・銀座が誕生した 基軸通貨の始まりテーマ:ブログ
2010-01-21 16:33:38

関ヶ原で豊臣を破ったあと、江戸開府に先駆け慶長五年・1600年に京から呼びよせた鋳金師 庄三郎光次に小判座を構えさせて一両小判と一分判(小判の四分の一)の鋳造を命じた。これが後の金座のはじまりである。

 そして、家康は江戸開府と同時に全国の金山を幕府の直轄支配として光次が鋳る小判と金貨を基軸通貨として流通させた。金貨の流通量増加にともない、小判座は金座と改められ庄三郎は名字,帯刀をゆるされ<御金銀改役>の役名を与えらた。身分は町人のまま 後藤庄三郎となり、金貨製造の占有と世襲を許した。

その後、江戸は急速に人工は増え膨張し 宝永二年・1705年金座、銀座、銭座が設けられ 後藤家は<御金改め役>の金銭業となるも、月額200両の役料と扶持米四百俵であるほぼ五千石取りの大名の扱いである。ここまで厚遇するのには通貨の普及に後藤家の卓越していた鋳物技術が必要だっだのでしょう。

江戸時代は単純に米を中心とした封建時代とくくれない仕組みができあがっていましたとさ。