昨日、BSハイビジョンで、「ロング・イエロー・ロード=秋吉敏子・上海コンサート」を見た。ジャズ・ピアニストだった彼女は、1956年に単身渡米し、バークリー音楽院で学んだ。その後もアメリカにとどまり、音楽活動を続けてきた。ウィキペディアでは、彼女を「ハード・バップ」のアーティストと位置付けている。つまり、彼女は本場のアメリカで、「ジャズの黄金時代」を身をもって体験し、周りから認められ、アメリカに根をはやした唯一の日本人ジャズ・アーティストだ。「上海コンサート」を見ても、彼女のピアノの演奏スタイルは、変わっていなかった。自分のスタイルに誇りをもっているのであろう。ジャズ・ピアニストである彼女は、作曲家・編曲家でもあり、夫君のルー・タバキンと共に1973年に「秋吉敏子=ルー・タバキンビッグバンド」を結成した。秋吉敏子が作曲し編曲したオリジナル曲を演奏するビッグ・バンドだ。アメリカがその実力を認めたバンドだ。ぼくは以前から、いつかは彼女の「ロング・イエロー・ロード」を演奏したいと思っていたが、その後自分達のビッグ・バンドのコンサートで、彼女の「チューニング・アップ」と「ロング・イエロー・ロード」の二曲を演奏することができた。