あまりに文章が気に入ったので、本書を一部抜粋して列記したいと思い立ち、ここに綴る。
そんな私の心をとめたフレーズ集みたいなものだと思ってくれればそれでいい。
- 結晶 -
私は光差す高原で彼女と向き合う心持ちがした。
人骨の隙間から草が生える、
乾いた穏やかさに満ちた空間。
私の心は、何万年もかけて生成された
氷柱に貫かれたかのように痺れた。
その足元に寂しく乾いた躯が
点々と転がる事を自覚しながら。
彼女の瞳は、凪いだ夜の湖のように
静かな色を取り戻していた。
- 残骸 -
微笑み一つで自分の意思を通してきた人間。
義父は節くれだった指で金を掴み、娘の指を美しく保った。正しく、そして滑稽な親子の物語だ。
どんなに悩みや苦しみがあっても、棚上げできる仕組みになっているとは心というものは案外残酷なものだ。
すべてはいずれ土に還る。
この世界を支配する無情の法則が、
最後には私を救うだろう。
- 予言 -
父が急に出て行った日、
俺の世界は壊れてしまった。
世界は平らじゃない。全部すっ飛ばす程の世界の終わりなんてきっとこない。
ただ、灰のように雪が降り積もっていく。雪は地球上を全部真っ平らにするまで降り続く。
雨が降る前には雨のにおいがするように、
朝の光より早く鳥が囀るように、
誰の事も脅かさない予言。
- 水葬 -
月と波みたいに。
かけられた物質によって、二種類の色にだけ染め上がるリトマス試験紙みたいに。
機械仕掛けの人形みたいに、
部屋でも外でも正確に破綻なく行動する。
彼女が唇の両端を吊り上げた。笑ったのだと気付くまでに少し間があった。
喪失した恋と、家族との相克に疲れ、
彼女はバランスを失っている。
海は泳ぐためにあるんじゃない。
深く沈んでいくためになる。
- 冷血 -
部屋の目覚まし時計は、羽化して鳴きだす直前にカラスに喰われる蝉みたいなものだ。
毎日毎日、羽根を震わせようとしては
殺されることの繰り返し。
会った事もない人間が、
この瞬間にも世界のどこかで死んでいる。
ひとは炭素からできているが、
炭素に感情があるわけではない。
それはただ「なんとなく」ひとの形を
構成しているだけだ。
地球上に存在しない元素の名を唱えたみたいに、無機質で遠い響きがするだけだ。
- 家路 -
一対一の人間関係は厳しい。
緊張に疲れ果てるか惰性に流されるか、
たいていはどちらかに行き着いてしまう。
地図も標識もないのに、
私は無意識のうちに家路を辿る。
家路。その言葉に含まれる、盲信と違和感を突きつけられたような気がして。
物欲しげに愛の軽重を計る目だった。愛の力学は底知れぬ闇にひとを引き込むだけなのだ。
人の手で開墾された土地のはずなのに、
この世の初めから誰も足を踏み入れた事がない場所のように、荒涼として冒しがたい風景だった。
愛ではなく、理解してくれ。
そしてまた、こうも言うだろう。
きみと話がしたい、
きみの話を聞かせてほしい、と。
P.S 誰も聞いてない書評へ
小説にしばしば用いられる情景描写や心情説明を鬱陶しく感じていました。はやく本題に入らないかと苛立つ事さえ。
ところが、この本はまったく逆でした。
むしろ、情景説明の例えや言葉の用い方に感嘆し、いつまでも聴いていたいと思う程に。
読書感想文未提出者より
