今年は第一次世界大戦開戦から100周年。
イギリス、アイルランドでは記念式典や博物館で当時の資料や兵士達の遺品・手紙が展示されたりと各種イベントが行われているみたいです。(たぶん欧州各国で同様の記念イベントが開催されていると思います。)

さて、今からちょうど100年前のクリスマス・イブの日から25日のクリスマス・デーにかけて、塹壕戦をしていた場所で“奇跡”ともいえる事が起きました。
クリスマス停戦:Christmas Truceです。
これは公式な停戦ではなく、塹壕戦を戦っていた英・仏軍と独軍双方の兵士たちが自然発生的に停戦したものです。
両軍兵士が同時に、一斉にという訳ではありませんが、それぞれ睨み合っていた部隊同士、なんとなく、せめてクリスマスだけは平穏に過ごしたいという思いがあったのかもしれません。
具体的にどんなことがあったか少しご紹介します。

・ドイツ軍のとある塹壕にオペラ歌手が慰問に来て、兵士たちを歌で慰めていた時、対峙していたフランス軍兵士の中にその歌手が出演したオペラを観劇したことがあり、その歌声を覚えていた。フランス軍兵士はその歌声に惜しみない拍手を送り、感動したオペラ歌手がそれに応えるかのようにクリスマスツリーを持ち塹壕を這い出てきて、ドイツ軍とフランス軍の交流が始まった。

100年前におきたクリスマスの奇跡

・ドイツ側の塹壕にクリスマスツリーが飾られ、兵士たちがクリスマスキャロルを歌いだした。それに呼応してイギリス側もクリスマスキャロルを歌った。歌が終わり、それぞれクリスマスの挨拶を交わしだし、ついにNo Man's Landでタバコやチーズ・酒を交換したり、家族の写真を見せるなどして交流が始まった。またサッカーで対戦した隊もある。

・イギリス軍のアマチュア床屋がドイツ軍兵士の散髪をしてあげた。

・No Man's Landに残されていた遺体を埋葬し、合同でセレモニーをしている。

・将校同士でボタンの交換をしている。

これら全部がすべての部隊でおきたわけではありませんし、クリスマス前から敵軍とノーマンズランドを挟んで挨拶を交わしたり、タバコの交換をした者もいたようです。
また場所によっては遺体回収の際は攻撃をしないと暗黙の了解ができていた部隊もあったようです。
ちなみに、この非公式のクリスマス停戦を経験した兵士は両軍合わせて10万人くらいだろうと言われています。そしてほとんどが歩兵隊の兵士だったようです。

ただ、残念ながら翌年のクリスマス停戦は激減しています。上からの厳しいお達しがあって、片方の部隊から停戦を持ちかけても拒否した部隊があったようです。そして1916年にはドイツ軍の毒ガス攻撃が始まり、ソンムの戦いなどの激戦があったりと“敵兵を人間とは思わない”状況がうまれ、クリスマス停戦は行われなくなりました。

なお、塹壕戦は膠着状態になり、長期消耗戦となりました。また環境は極めて劣悪で悲惨でした。
兵士たちはシラミやネズミに悩まされ、雨が降ったあとは汚物にまみれた泥に足を突っ込んだままいつ攻めて来るかわからない敵を待ちかまえました。なお、兵士達はぶ厚いブーツを履いていたそうですが、冷たい泥は兵士達の足の感覚をなくし、酷い凍傷(そして水虫)になった者も多いようです。最悪な場合は切断することになったとか。涙


これはイギリスのテレビCMなんですがご覧下さい。



いかがでしょうか?なかなか秀逸だと思います。


さてさて、このクリスマス停戦を扱った映画が2005年に作られています。
原題は『Joyeux Noël』(邦題:『戦場のアリア』)で、アカデミー賞最優秀外国語映画賞にノミネートされた作品です。

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実際に起きたことと、脚色したところ織り交ぜて作られていますので、映画を観ても「すべて実際にあったこと」とは思わないように!注
お涙頂戴という感じがなくもないんですが、日本ではあまり知られていないおとぎ話のような実話を映像でお楽しみいただければと思います。

第一次世界大戦で国のために戦ったすべての兵隊さん達に敬意を表します。         (Mrs.G)





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