雪国に住む人は皆、冬の音のない夜には何が起こっているか、
大体想像が付いていると思います。
そして今朝はその想像通り、窓の外一面は真っ白な景色でした。
ついに本番。これからしばらく冬を楽しみます。
さて、今日のトピックは「学校で教わったこと」です。
先日、わたくしのメンターのお一人である、稲垣説子先生にお出でいただき、
今年最後の講演会を開催しました。
2時間たっぷりお話ししていただき、前に教えていただいたことの復習、そして
新しく教えていただいたこと、たくさん考えさせられることがありました。
その中で、今、なぜ日本人が心の病や、その延長上にある自殺という問題を
抱えているのか、というお話がありました。
それらの事象の根本的な原因のひとつには、戦後行われてきた、そしてまさに
わたくしたちが受けてきた学校教育の中に要素があるということに気付かされ
ました。
その要素とは、
「損得」
と
「優劣(比較)」
という価値観です。
以前より、いろいろな方から、
「日本は教育の中で最も◯×テストの多い国である」
ということを聞いたことがありました。
戦後、GHQを中心とした教育改革の中で、日本人を戦前の価値観から
切り離すための方法として取り入れられたのがこの2つの要素だと
伺いました。
これは稲垣先生だけでなく、わたくしが大師匠と敬愛する村上太賀治会長
からも同じ内容のことを伺っていたことに気づきました。
元来日本人は、全ての存在に神が宿るという価値観で生きてきましたので
自然の中には存在しない「損得」や「優劣(比較)」という価値観とは、
縁のない生活をしてきました。
その代わりに「共存」や「支え合い」というものをあたり前のこととして
生きてきた民族だったと思います。
ところがこの60数年のあいだに、モノゴトの判断を
「損得」
や
「優劣(比較)」
に置くことを学校で教育したことによって、日本人は目先の欲に一喜一憂し
他者との比較によって一体感を失い、分離感に苦しむようになりました。
そして世代が進むに連れて、学校のみならず、その価値観が家庭や社会にまで
浸透してきた結果が今日の日本の惨状になったと言えると思われます。
もはや根本を変えずして、日本人の心の平安を取り戻す術はないのではないかと
思われます。
まずは身近なところから、「人間は自然の一部である」という、原理原則に
基づいた考え方、価値観を伝えることを初めていこうと決意した次第です。