いのちの授業と人生

教科書に縛られず
身の回りの生きものや
自然現象などを通して、
いのちの大切さを教え続けてきた
金沢市の元小学校教諭で大学教授、
金森俊朗さん(70)が
今春、退職する。
※朝日新聞より
▼給食も授業
金森さんは小学校教諭時代、
「いのちの授業」と呼ばれる実践を
続けてきた。
例えば、給食。
「米は稲の何?」と問う。
子どもたちが
「稲の赤ちゃん」と読み解くと、
実際に稲を育てて収穫し、食べる。
さらに学級で育てたニワトリを
解体して食べたり、
障害者や妊婦、死と向き合う
末期がん患者らを教室に招いて
話をしてもらったりした。
▼きっかけは身近な死
金森さんがいのちの授業を
本格的に始めたのは
1980年代。
きっかけは身近な死だった。
20代のころ、
2人の子どもを妻の体内の
切迫早産で失った。
さらに中学に進学した
教え子2人を自殺と事故死で
亡くした。
「自分のいのちを
大切に考えるようになる
教育をしようと心に決めた」
▼二度と会えない
僕がこれまで30年あまりの人生で
命に関わることで
もっとも辛かった思い出と言えば、
生まれて初めて飼った
ペットの死だった。
小学校低学年の時に飼い始め、
2、3年ほどでその生涯を閉じた。
僕にとってはありふれた日常だった。
つい2、3日前までは
赴くままあちこち歩き回っては
エサを美味しそうに食べていた。
けど命を失った今、
もう二度とその姿を
見ることはできない。
その事実が辛くて仕方なかった。
泣きはらした目と
泣きしゃっくりで
数日間、何もすることができなかった。
▼いのちの授業と人生
近年同様の名称で
命の大切さを説く授業が
あちこちで行われているのを
僕もマスメディア等で見聞きする。
金森さんのいのちの授業は
自他の命を尊重する。
「つながり合って
ハッピーに生きようぜ」
そんな合言葉に裏打ちされた
「手紙ノート」という取り組みが
印象的だ。
10数年前に担任したクラスで
祖母を亡くした男子児童が思いを書いた。
それを聞いた女子児童は
3歳の時に父を過労死で
亡くした経験を綴り
涙ながらに初めて心情を
打ち明けたことがあったのだという。
金森さんはこう振り返る。
「この仲間たちなら、
自分の悲しみを受け止めてくれる
と信じられたんでしょうね」
▼辛い時はひとりじゃない。
金森学級のクラスメート然り、
ひいては家族、親戚、地域、社会…
人は何かしらの縁で生きている。
であれば、その縁を大切にし、
上述の言葉をそっと示してあげられる
そんな人間になりたいと僕は思う。