
おぎんさんが亡くなって
一か月が過ぎました
ひとりごとが、まだ良く出ます
「おぎんちゃん、いなくなっちゃった・・・ さみしいな~つまんないな~
やる事なくなっちゃった・・・・ 暇だな~・・・」
ひかりちゃんの事もありますし、暇じゃないのですが^^
おぎんちゃんの朝晩の食事のお世話や強制給餌
寝床やトイレの心配 くっ付きタイム エトセトラ
おぎんちゃんに必要だったお世話が一気になくなり
普通の生活に戻っただけなのに・・・
暇だと感じてしまうのは、私の悪いところ^^;
おぎんちゃんの強制給餌が始まってからは
正直言って、自分の食事をちゃんと摂る時間はありませんでした^^:
でも自分で限界だと感じてしまうと
おぎんちゃんが気を使うと思って
病は気からじゃないけど
いつもいつも 「私は大丈夫 まだまだ行ける!」と念じていました
そう念じると、不思議と力が湧いてくるものです^^
辛いと思うから余計に辛くなるし
しんどいと思うと余計にしんどくなるし
心が折れると、体も動かなくなるもんですから^^
心が元気なら、気持ちが元気なら からだも付いてくるもんだと思っていました
おぎんちゃんが亡くなった当日
前々からマッサージの予約を入れてありました
それは、おぎんちゃんのお世話をまだまだ頑張るための物でした
心にぽっかり穴が開いたまま施術を受けました
「何かありましたか? 右側の肩から腰、腿とふくらはぎまでパンパンですよ」
とマッサージのお姉さんに言われてしまいました
うつ伏せで施術を受けながら、一粒だけ涙がこぼれました
おぎんちゃんへの強制給餌の体制で
だいぶ体に負担がかかっていたようです
強制給餌は時間的にも30分ぐらいはかかっていましたからね・・・
気持ち的にはまだまだ頑張れたのに・・・
おぎんちゃんは私の体を気使ってくれたのかもしれません・・・・
そんな気使いはいらないから
おぎんちゃんの21歳の誕生日を一緒に迎えたかったな・・・
闘病生活はたった2か月だったね・・・
もっと頑張って私を困らせてくれたら
おぎんちゃんの旅立ちも
もう少しホッとした気持ちになれたかもしれないのにね
おぎんちゃんが自分の一生に満足してくれていたなら
それで・・・・いいにしよう・・・
からだの限界は必ずやって来るもんね
おぎんちゃんは、何にも困らない 本当にいい子でした
ありがとう
ありがとう
ありがとう
またね
