反逆者オクサーヌ・ヴァレノフ


ハンターズギルド・ドンドルマ本部は、私がまぼろしの書に興味を持ちだしたあたりから、当時、結成間もなかったギルドナイツのナイトに私の監視をあたらせていた(デーモン・ロザリーが統治するシュレイドの専横に対抗する為、ギルドはナイツ結成の決断をしたという)。


理由は簡単。


ギルドもまた所属するハンター達やアカデミーの学者らを使い、まぼろしの書の解読に奔走していたからだ。


しかし若干11歳のモンスターハンターがその解読に成功したことにより、数多くの実績や経験を積んできた読書人たちのプライドは脆くも引き裂かれ、生きる見識と謳われる竜人族でさえ恥辱を受けることになる。


つまり、私の才能が権威を脅かしはじめたのだ。


まだ「ちいちゃかった」私は、そんな彼らの自尊心に忖度するわけもなく、まぼろしの書、三編の書から成る「祖龍の書」に導かれるがままにフォンロン地方へ飛び立ち、広大なバテュバトム樹海(現代のハンター社会では一般的に「樹海」として認知されている狩猟フィールド)の中に聳え立つ天を貫くような古い塔を目指す(またこの道中、当時では未確認であった数多くのモンスターとも遭遇することになったが、私の目的はすでに狩猟にはなく、彼らをいなしながら古塔を一直線に目指した)。


ギルドナイトという監視の目が私に向けられていることは百も承知であったが、しつこいようだが当時の私は「まだちいちゃく」政治的な駆け引きにはまるで興味がなかった(良く言えば純真。悪く言えば無防備)。重ね重ね、あの時、尾行を殺しておくべきだったと思う。


当然ながら任務に忠実なナイトは本部に戻り、私の報告をする。そしてそれがギルドと私の関係を断絶させる悪計を生むことになり、メサイアの妖精と呼ばれた少女は一変、ギルドを裏切った反逆者としてその名を歴史に刻むことになる。


そんな謀略が行われていることなど夢想だにもしなかった私は、一路、幽々たる古びた巨塔の中を雷光虫の灯りを頼りに壮大な天廊を登り、無人の荒廃した頂上に到着する。


そこで私は、暗雲立ち込める天空より降臨してきた巨大な白龍と遭遇するのであった。


本能がそうさせたのだろう、メサイアの妖精は怯むこと無くこの白龍に「ひと狩り」の挑戦を叩きつけるも、終日における死闘の結果、その日は決着はつかず、白龍は天空へと帰って行ってしまう。


その晩、私は何もない頂上エリアで一夜を過ごすと「思惑通り」、前日と同時刻きっかりに、また白龍が舞い降りてきた。


そして私とのひと狩りをまるで「軽めのウォームアップ」を済ますかのように一通り終えると再び白龍は天空へと帰っていく。


私は持久戦の覚悟で古塔を下り、麓で食料等の素材を採取しては、次の日の狩猟に備えた。


これが何日続いたのか、私自身も記憶が曖昧な程、白龍との狩猟に無我夢中になり、そして心から愉しんだ。


また連日のデュエルにより、白龍の素材を手にしていた私は、アクラ時代の経験を活かし、白龍の甲殻を使って自分なりの大剣をこしらえてみた。


何日目であっただろうか、狩猟の最中、あることに気づき始めていた私は初めてこの白龍に問いかけてみた。


「あなた、本物じゃないでしょ?本物は何処にいるの?あたしのこと見えてる?」


白龍はこの質問を聞くやいなや天空へと帰って行き、私はその日も一人で頂上エリアに取り残されてしまった。


そして運命の日が訪れる。


日が昇り始めたばかりの早朝だろうか、顔に照らされた「あたたかい光」によって目覚めた私に「例の翼音」が聞こえてきた。


寝ぼけ眼ながらに、その訪問がいつもと違う時間であることにも気づいた。


その瞬間、まるで大陸が悲鳴をあげているかのような重厚なアポカリプティックサウンドが、淀んだ天空の中で上昇気流と激しく衝突し、終焉の残響音と共に、世界の終末を示唆する紅き雷が古塔の頂上を叩きつける。


私はその状況を見てすぐに悟った。


「今までとは違う白龍」が来たのだと。


慌てて私は顔を見上げると、雷槌を伴った淀んだ雲天を貫いてこちらを照らしてくる光の束と一緒に、明らかに今までとは雰囲気の違う白龍が降臨してくるのを目の当たりにした。


「彼が本物なんだ・・」


私は無意識にそう呟くと、すぐさま傍らに置いてあった「偽物の素材」で作った大剣を地面に突き刺し、偉大なる白龍に忠誠を誓うように跪く。


やがて白龍の実体がその巨体を頂上に到着させると、私は白いドレスの裾を両手で持ち上げ、「少女なりの敬礼」をもって彼を快く迎え入れた。そして一言一句脳裏に刻まれていたまぼろしの書を参考に、彼の名前を呼んでみた。


「はじめまして。祖龍さん」


そう呼ばれた巨大な白龍は、その真紅の瞳に映る、小さな少女に向かってこう語りかけてくれた。


「私は光、祖なるもの。龍族の始祖にして、大陸を司る者である。汝、選ばれし人の子、オクサーヌ・ヴァレノフよ。汝は人としての生を絶ち、大陸の使徒として、私と共に来る聖戦へ向け、その身を捧げる覚悟はあるか?」


この唐突かつ一方的な「スカウト」に対し私はこう答えた。


「むつかしい質問だけど・・・人じゃなくなったら、お父さんとお母さんが悲しむわ」


あの時は冗談ではなく、本当にそう思ったのだ。


そんな悩める白いドレスの少女を見かねた祖龍は続けてこう言った。


「姿形は今の、生物として絶頂期にあるそのままの姿で保たれる。汝は穢れを知らぬまま生き続け、純白の聖戦士として伝承されていくのだ」


はっきりとした意味は理解できなかったが、彼が何を言いたいのかは分かった。


彼は「友達」が欲しいのだと。


「それが選ばれし者ってこと?それじゃあ結婚は出来ないのね・・。少し残念だけど、あたしはこの大陸が好きよ。だからその大陸の生命を守る為なら、喜んであたしのこれからの時間をあなたに捧げるわ」


私は初めてできた多種族のお友達に、その崇高な魂を捧げる決意をした。


だが、奇しくもこの英断は、私の雇用主であったハンターズギルドにとって「裏切りの契約」と見做されてしまう。


再び監視の目が私に向けられていたのだ。






Recollection No.2_05






毛細血管のように細かく枝分かれした樹状の紅い雷が、向かい合う祖龍と私にスポットライトを照らす。


大気上の激しい摩擦音が天命の唸りのように聞こえた。


祖龍と契約を交わし、彼の同志になる・・


それがきっと私の運命なのだ。


契約の儀式を受け入れた私に向かって祖龍はこう言った。



「白き盟友よ。かけがえのない世界を守りぬくため、その身を大陸に捧げよ」



崇高な聖約


これから「私達」に何が待ち受けているのだろうか?


跪いていた私は、湧き起こる義憤と希望しか見えない期待に胸を膨らませ、白の友を見上げる・・・


その瞬間、私の背後から飛んできた一本の矢が祖龍の眉間を貫いた!


どこからともなく飛んできた一矢が眉間に突き刺さった祖龍は、灰色の空で轟く終焉の不協和音と共鳴するように悲痛の咆哮をあげる。


何が起きているのか把握できぬまま祖龍を見上げる私の後ろから、歓喜をあげる女の声が聞こえた。


「やった!!」


私が後ろを振り返ろうとした瞬間であった。祖龍の額に突き刺さった矢が、まるで生命を授かったかのように自ら抜け落ち、その聖痕から一滴の血雫が零れ落ちる。


そして再び祖龍を見上げた私の顔にその紅血の一塊が降り注いできた。




ギャアアアアアアアアアアアア!!!!




私が叫びをあげたのは生々しい龍の血を浴びせられたことに対する恐怖感からではなく、耐え難い激痛からであった。そして同時にどこが痛むのか、また、その原因もまた瞬時に悟ることができた。


祖龍の血が右目を通じて「中に」入ってこようとしている!!


鋭く尖った木杭により眼窩の奥まで穿たれたような重撃からなる鈍痛が、顔中の皮を掻き毟らんばかりの惨痛を引き起こし、この「意志を持った」祖龍の血が、右目の「眼球ごと」侵食しながら私の体内に注入されていく!!


怒涛の勢いで細胞を恭順させながら侵入してきた「聖なる遺伝子」は視神経を通じ、脳を支配することで私の動きを制御している間に、食道から肺臓へと繋がる器官を突き抜け、純正な血液循環の流れに乗りながら一直線に心臓を目指し、余すことなく私の体内を駆け巡る!!

侵襲刺激から逃れようとするも、すでに脳を制御されているため、逃避反射といった自己防衛反応さえも絶たれた「従順な私」は、抵抗する間もなく、そして痙攣ひとつすることも許されぬまま、有機体の全構造をより良質で優れたものに上書きしようとするこの斎戒沐浴の巡礼を受け入れ、その崇高なる意思を確かに悟りはじめる・・・


これが白の契約なのだ。


そして流動的な痛覚はやがて恍惚に変わる・・


無の状態から宇宙が誕生し、光と闇に見守られながら果てしない時間を経て、大陸世界が天地創造されていく・・・


脳裏に生命のバイオグラフィーが刻々とインストールされていく中、右目から血の涙が零れ落ちて地面に弾ける・・・・・





この瞬間、私は祖龍と融合した!!





神秘主義者は究極的根拠とされる絶対者との神秘的合一を目指し脱我を得るというが、さしずめ私はこの崇高なる「聖痛」を体験したことにより、その思想的スケールを遥かに凌ぐ超越なる存在になることを大陸の「祖なるもの」より許されたのだ。


こうして私は「選ばれし者」として、聖なる龍の力を授かり、人の生を絶つことになる。


そして私はギルドに「反逆者オクサーヌ・ヴァレノフ」として認識されるのであった。


To Be Continued







★次回ストーリーモードは12/6(木)0時更新予定です★