【まんままわる】(最幸ビジネスモデル)あきらめない、の意味。
【まんままわる】(最幸ビジネスモデル)2014.12.24 No.1001
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■今日のテーマ
あきらめない、の意味。
---------------------------
最近、妙に本来の自分との一致感がある。
少し前までは、
何か「頑張っている感」があったし
無意識で頑張っていた部分も多々。
もちろん、
頑張る事が、いい・悪いという事ではなく
どっちでもいい(爆)
その時々で一番いいことをしている。
どんなプロセスも必然。
いまも、プロセスの中だし
死ぬまでプロセスの途中なので、なんでもアリ。
そんな自分のプロセスの中で
振り返ると
しつこくしつこく
失敗しても恥をかいても
やり続けていたことがある。
いくつもある(笑)
たとえば・・。
今の私からは誰も想像できないだろうが
実は極度の超緊張症だった。
人前で名前さえロクに言えない。
人前にでるだけで
ほっぺがぷるぷる痙攣し指も震え
それを意識すると余計に緊張していた。
人前で話せるようになりたい、と思った私は
教室などに行くのではなく
いきなり実践!
プレゼンの機会を見つけてはチャレンジしつづけた。
何度も恥をかいて。
練習ではなく
「本番そのもので練習をしていた」ので
本当に恥をかきつづけた。
それでも、やり続けて・・・。
100回以上、恥をかいて
やっと、かっこ良くは話せるようになると。
今度は、
「こういう感じじゃないんだよね、求めているのは」
という感覚になり。
かっこ良く話したいのではなく
何千人の前でも家にいる私と同じ
いつも通りの私でいたい!
人前で話しますっていうモードではなくて
普通に息子と一緒にいる感覚で在りたい、
と感じるようになり、
果たして今は
何百人の前でも、誰といても
変わらない、いつもどおりの自分でいる。
で・・。
あれほど、たくさんチャレンジして
あれほど、たくさん恥をかいて
結局、いつものまんまの自分で在る
というところに収まっている(爆)
で・・・。
ここまでくるプロセスで、
「今」から振り返れば
確かに「途中であきらめてない」のだが。
その時に
「あきらめないぞ」というような意識があったか?
というと、
一度も感じた事がない!
よく、
「出来るまであきらめるな」
とか聞くことがあるが
私は、それを意識したことがない。
結果的に「あきらめてない」だけで。
他にも
たーーーくさんある。
たとえば、チーム作り、ということも。
今まで、何度もチームを作った。
うまくいかない。
それでも、何度も何度もやりつづけ、
いま、最高のチームに恵まれている。
緊張症と同じようなプロセスは
他にもある。
自分の歌を歌いたいと思った事も然り。
息子と2人で穏やかに暮らしたい、と感じた事も然り。
それが出来るまで
途中、結構な辛い目にあうのだが
まったく、諦めずに
やり続けている。
けれど途中で、
「できるまで諦めない」
なんて考えた事は一度もない。
あきらめない、ってそういう事なのだとしみじみ。
諦めないという事を意識したとたん
別のエネルギーになる気がする。
諦めない事が目的になるというか?
諦めないぞという
自分に対するコントロールが入るというか?
いろんな意味で変わってしまう。
意識せずに、結果的に、
諦めない事が「あきらめない」という意味だと思う。
もし、
成功するまで諦めないと、
「考えて」実行してしまったら
そもそも、それが本当に自分がやりたい事なのか
判断は難しいだろう。
なぜなら、
少しの失敗で簡単に辞めていることも
実は多いのだと思うのだ。
思い出せないから例が出せないけれど(笑)
結果的にあきらめずに
やり続けている事は
本当に自分がやりたい事だと思う。
(そりゃそうだ!)
それに、
絶対にあきらめないぞ!
と考えてやるには、
あまりにも「茨の道」を通ってきた。
そして、無意識だったから
その茨を抜けられたと私は感じている。
そして、頭で考えてコントロールしていないからこそ
実現した事がたくさんある今、
本来の自分と一致感を感じているのだと思う。
本当に、毎日が至福!大感謝♪
___________________________
■今日のまとめ
「諦めないなどと意識せずに」「結果的に」
何があっても、やり続けてうまく行ったことが、
本当に自分がやりたいこと!
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■今日のテーマ
あきらめない、の意味。
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最近、妙に本来の自分との一致感がある。
少し前までは、
何か「頑張っている感」があったし
無意識で頑張っていた部分も多々。
もちろん、
頑張る事が、いい・悪いという事ではなく
どっちでもいい(爆)
その時々で一番いいことをしている。
どんなプロセスも必然。
いまも、プロセスの中だし
死ぬまでプロセスの途中なので、なんでもアリ。
そんな自分のプロセスの中で
振り返ると
しつこくしつこく
失敗しても恥をかいても
やり続けていたことがある。
いくつもある(笑)
たとえば・・。
今の私からは誰も想像できないだろうが
実は極度の超緊張症だった。
人前で名前さえロクに言えない。
人前にでるだけで
ほっぺがぷるぷる痙攣し指も震え
それを意識すると余計に緊張していた。
人前で話せるようになりたい、と思った私は
教室などに行くのではなく
いきなり実践!
プレゼンの機会を見つけてはチャレンジしつづけた。
何度も恥をかいて。
練習ではなく
「本番そのもので練習をしていた」ので
本当に恥をかきつづけた。
それでも、やり続けて・・・。
100回以上、恥をかいて
やっと、かっこ良くは話せるようになると。
今度は、
「こういう感じじゃないんだよね、求めているのは」
という感覚になり。
かっこ良く話したいのではなく
何千人の前でも家にいる私と同じ
いつも通りの私でいたい!
人前で話しますっていうモードではなくて
普通に息子と一緒にいる感覚で在りたい、
と感じるようになり、
果たして今は
何百人の前でも、誰といても
変わらない、いつもどおりの自分でいる。
で・・。
あれほど、たくさんチャレンジして
あれほど、たくさん恥をかいて
結局、いつものまんまの自分で在る
というところに収まっている(爆)
で・・・。
ここまでくるプロセスで、
「今」から振り返れば
確かに「途中であきらめてない」のだが。
その時に
「あきらめないぞ」というような意識があったか?
というと、
一度も感じた事がない!
よく、
「出来るまであきらめるな」
とか聞くことがあるが
私は、それを意識したことがない。
結果的に「あきらめてない」だけで。
他にも
たーーーくさんある。
たとえば、チーム作り、ということも。
今まで、何度もチームを作った。
うまくいかない。
それでも、何度も何度もやりつづけ、
いま、最高のチームに恵まれている。
緊張症と同じようなプロセスは
他にもある。
自分の歌を歌いたいと思った事も然り。
息子と2人で穏やかに暮らしたい、と感じた事も然り。
それが出来るまで
途中、結構な辛い目にあうのだが
まったく、諦めずに
やり続けている。
けれど途中で、
「できるまで諦めない」
なんて考えた事は一度もない。
あきらめない、ってそういう事なのだとしみじみ。
諦めないという事を意識したとたん
別のエネルギーになる気がする。
諦めない事が目的になるというか?
諦めないぞという
自分に対するコントロールが入るというか?
いろんな意味で変わってしまう。
意識せずに、結果的に、
諦めない事が「あきらめない」という意味だと思う。
もし、
成功するまで諦めないと、
「考えて」実行してしまったら
そもそも、それが本当に自分がやりたい事なのか
判断は難しいだろう。
なぜなら、
少しの失敗で簡単に辞めていることも
実は多いのだと思うのだ。
思い出せないから例が出せないけれど(笑)
結果的にあきらめずに
やり続けている事は
本当に自分がやりたい事だと思う。
(そりゃそうだ!)
それに、
絶対にあきらめないぞ!
と考えてやるには、
あまりにも「茨の道」を通ってきた。
そして、無意識だったから
その茨を抜けられたと私は感じている。
そして、頭で考えてコントロールしていないからこそ
実現した事がたくさんある今、
本来の自分と一致感を感じているのだと思う。
本当に、毎日が至福!大感謝♪
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■今日のまとめ
「諦めないなどと意識せずに」「結果的に」
何があっても、やり続けてうまく行ったことが、
本当に自分がやりたいこと!
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