どうも、COMG!のチーフです
前回 ~お泊り&被災地へ出発編~
続き
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高速を走り続けること小1時間
2000m級の岩手県の岩手山が前方に見えてきました
さて、今回のブログはあまり浮かれた内容ではありません。
なぜなら被災地を実際見に行くからです。
チーフたちが向かうのは岩手県釜石市です。
ちなみに岩手県釜石市の震災当日の津波が押し寄せてきた動画がありましたのでまずはそちらをご覧下さい。
震災当日、石川県は幸いにも少し揺れた?程度でしたが、徐々に映る震災映像にただただ呆然としていたことを思い出します。
とても仕事できる心境ではないと。
そういうことを思い出しながら少しづつ現地に近づく中で、IC降りてから何度も同じような横断幕や看板を目にしました。
津波の被害がなかった隣接された市町村の人達が、震災を自分たちの痛みに感じ、支援にしてくださった皆さんに対し『ありがとう』と。
あれだけの爪痕を残し、今もなお復興に向けてとても周囲に気を配ってる状況じゃない限界を超えてがんばっている人達が支援してくれた人に『ありがとう。』と。
自分が今の今まで被災者に何ができたのだろうか。
自問自答をしてる中、いよいよ被災地・岩手県釜石市に到着しました。
釜石駅表は割りと被害痕が目立って見当たりませんでしたが、駅裏の商店街は写真の通り、壊れた家と家の基礎だけ残り、信号も機能していないゴーストタウンのような街でした。
今は家の撤去作業を中心にしてるため、高台のお家に住んでる方より現場で作業されてる業者さんが圧倒的に多く見受けられました。
駅の表と裏、高台か平地かでyoutube動画のように運命を分けたのかと思うといたたまれません。
時間的余裕があったので、その足で北上して大槌町にも行きました。
向かう途中、山道の登り途中にあった案内表示の青看板の下の方がグニャっと曲がってたのがとても印象的でした。
あ、ここまでの高さだ押し寄せたんだなと。
大槌町は釜石と違い、特に『何もない』印象でした。
何もありませんでした。
釜石以上にたくさんのものが無くなったんだなと。
子どもの声もありませんでした。
ココに関しては、お兄さん(親戚)の同僚の同級生が役場に勤めていて、町長と一緒に津波に流されたそうです。
そう聞くと遠い話ではないなと思います。
こんな穏やかな海が牙をむいたんですね。
多分ブログ観てるほとんどの方がこれらの写真を観ても何も思わないかもって思ってます。
なぜなら、これ以上のインパクトを残した震災直後の映像をTVや何かしらのメディアで何度も観てるからです。
そして写真や動画というのは視界にあるほんの一部の景色なので、少し目線を変えれば別に被災映像は存在しません。視界を取捨選択できるんですよね。
でも現地は上下左右視界全てがグチャグチャあるいは何もない場所でした。
ここは何の場所なのか質問したくなるほど何かわからない場所でした。
自分が想像した以上に心が揺さぶられました。
じゃあこれを見て、自分が何を感じ、どう行動に移すのか。
これがないと今回行った意味はまるでないのでしょうね。
何ができるのか考えていきたいと思います。
続く。



















