誰にでもディバインタイミング(聖なるタイミング)がある。
気がついたらあっという間に人生がその色を変える。
必要なのは、その波にのる勇気だけ。

 

自分であることの喜び覚醒家 千晶です。

 

自分であることの喜び。

以前の私はそれが希薄でした。


自分のことはたぶん好きでした。
少なくとも他の誰かになることは望んでいませんでした。
 

幼少期から見えない存在に護られている感覚があったので
寝る前には「いつもありがとう」を伝えて、
家族や私に関わる全てが幸せになるようにお願いしていました。

運は良い方で、そこそこ環境には恵まれていたと思います。

 

厳しく育てられた家庭環境から、自己表現が苦手で緊張しやすく
友達であっても心を開くまでにとても時間のかかるタイプでした。
その反面、人から相談を受けることが多く、
人間の心と この世界の構造についてよく考えていました。

辛いことがあっても、自殺してしまっては
また同じような人生を転生後も繰り返すことになるから
なんとか今世で頑張ろうと
小学校の帰り道に考えていたのを思い出します。


薬剤師になると決めたのも小学生の時。
本当は絵描きになりたかったけど、職業にするのは難しいと判断。

祖父が開業医だったので、注射が嫌いだった私は
医療従事者の中で注射器に触らない薬剤師を選択しました。
私の神さまに「薬剤師になります」とお願いしていたので
数学や物理が苦手でも将来薬剤師になることは疑っていませんでした。
 

薬剤師になり、社会にでてからも
誰かに深く自分の心を開くことはなく、ただ家族のためだけに生きていて
自分の楽しみといえば、観劇とショッピング。そして母と行く旅行。
それでも、東京で一人暮らしをして、薬局長を任されたこともあり
私の人生は充実していて幸せだと思っていました。

 

責任のある役職について何年もたたずに
職場で人の意見を聞きいれることにフォーカスしすぎて体調を崩しました。

自分の意見を持たず、なるべく誰も傷つけないようにと思っていても
実際には話の通じない人がいたり、誰かに対する文句を聞かされたりで
心が疲弊していきました。
 

その時に出会ったある人に
「あなたのその考えは誰のもの?本当のことなの?」と
質問を投げかけられました。

 

親に対する想いや自分に関する自己評価について

それまで「普通」「当たり前」と思っていたことが
偏った考えからくるものなのかもと自分を疑い始めました。
 

体調が限界だったこともあり、一度状況をリセットしようと思い
その年の4月に会社を辞める手続きをしていました。

 

「その年」・・2011年。
3月11日に東日本大震災が起きました。

私の人生を大きく左右した日です。

 

本気で全部リセットをするなら今。

家族から物理的にも離れて、ひとりで自分と向き合う時間をつくる。

今までの常識を全部手放してみよう。
 

5月。東京の一人暮らしの荷物を千葉の実家には送らず
福岡の祖母の家の近くに部屋を借りて直接送りました。

 

ここから私の人生は大きく変わります。

 

移住してまだ土地勘もなく友人もいなかったので
今までなら絶対にしていないことをしてみようと思い
「カウンセラー」や「セラピスト」が気になったので
そういったスクールに通って、
技術と友達の両方を手にする計画をしました。

見つけたのはヒーリングと瞑想が学べる3日間のコース。
平日に申し込みしたのが私一人だったので
週末のクラスに移動しませんか?と連絡があり
代わりにセッションを受けさせてもらう機会をもらいました。
 

ここで初めて、潜在意識と顕在意識について話を聞き
無意識の思い込みと現実について知ることになります。

私の「自分を責める癖」が
過去世によるものだと言われてもピンとこず
なんだかわからないうちにセッションは終わったのですが・・
その帰り道。
自分の言動についてまったくジャッジしていない自分に気づきました。


そこからはもう導かれるまま
短期間にたくさん受講する機会に恵まれ
無縁だと思っていたスピリチュアルなことが日常になり
これからの人生に欠かせない仲間との出会いがあり
私の人生は180度変わりました。

 

笑えなかった私が自然に笑えるようになり
初対面の人と打ち解けて話せるようになり
家族との関係が以前よりも良好になりました。
自分と向き合う時間をつくるたびに
自分が少しずつ好きになり、自信を持つようになりました。

薬剤師の仕事を再開してからも
「お大事に」という言葉に祈りを入れるようになり
患者さまから笑顔を褒められたり、
気難しいという人も私には話をしてくれたりと良い影響がありました。

かつてはそれなりに幸せだと思っていた私の人生。
私にとっての「快適」が大幅に向上して、想像を超えた人生に変化しました。

 

自分を責める癖をもち、自分である喜びが希薄だった私が
「嬉しい」「楽しい」「ワクワクする」といった感情を感じることができるようになり
自分であることを楽しみ、人生を謳歌していることが
誰かの力になるのであればとセラピストとしての活動を始めました。


好きだった旅行も、旅先でも友達をつくれるようになり
毎年アメリカ・セドナとインドネシア・バリに行くことになり
小笠原や屋久島など国内外問わず聖地に訪れる機会が増えました。

 

ご縁があり、日本ハートシェアリング協会の理念に賛同し、
立ち上げ時から関わり、たいわを通して女性を輝かせる活動や
たいわセラピーのインストラクターになりセラピストの育成を始めました。
 

薬剤師として延べ4万人以上に服薬指導してきた経験と
たいわセラピーのインストラクターとしての知識と技術
相手に寄り添う姿勢と多角的に物事をみる能力と超感覚を生かして

気持ちとからだを楽にする
コンフォートスマイル(Comfort Smile)プログラムを開発し、
自分である喜びを呼び覚まし、快適で充実した人生を生きるガイドをしています。

人々が生きる喜びに満ち溢れ、自然や宇宙と調和する世界を創造すべく
新しいチャレンジを人生に取り入れてさらに飛躍するひとを応援しています。
 

 

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