夫婦であること。
先般、ちょっと残念なことがありました。
ある会社での1担当女性の方と食事をする機会があり
そこでのエピソードです。
仕事後、レストランに向かう際、女性は、我慢していること、
誉められないことが多く、「悔しい」と涙ぐまれていました。
その女性は、30代後半の方ですがそう思われるのには、
何か訳があるのかな?と思いました。
長年連れ沿っていらっしゃる夫婦では、価値観の相違な理由は
「男性」が仕事で、縦社会なままの振舞を家庭に持込むことが
嫌な。もしくは、我慢している「女性」も多いようです。
人間、いい意味でも悪い意味でも「慣れ」の動物なのでしょうか。
小生は、ちょっとした気遣いや思いやりだ大切で、相手の存在を
認めること、誉めることが生活を円滑にすることだと思います。
合わせて、「良い慣れ(相手の良いところ)」を常にどう引き出し、
夫婦で常にどう変えていくかも重要なのではないかと思います。
人間幸せになるため、また、精神的な安定を求め、恋愛結婚や
お見合い成就させて、結婚されている方が多いとは思います。
しかし、夫婦になれば
・育った環境の違う2人が共同生活、
・仕事での帰宅時間の相違(共働き)
・相手の家族への思いやり
・年齢を重ねるとともに価値観の相違
・毎日を一緒に過ごすため、緊張感(思いやり)のなさ
などは、「慣れ=マンネリ」てしまう要因であり、
「制約」がある要因ではないでしょうか?
また、人間に年齢ともに性の変化や考え方の
違い(女性は永遠の美)もあります。
人間、1人では寂しいですし、子供合わせ家族で過ごすことが
幸せであると感じることも多くあります。
家庭は「ホッ」とする場所のはずなのですけれども、
人間の自己中心的すぎても、ギスギスしてしまいますね。
そんなことを思っていて、注文をし、食べ始めると、
「夫婦(結婚生活)って、毎日の繰り返しだから、また人間だから
悪い点が見えてしまいがちよね。
でも、悪いところばかり見ていても疲れるわよね。
だから、人間の「慣れ=マンネリ」をいかに打破し、
常に新鮮な状態で、いられるかってとても大事よね。」
といった話になったとき、ニコニコして食べていました。が、
先ほどまで、ちょっと涙ぐんでいたんでいた女性が
こうもあっけらかんと(気持ちの切り替え)変わることが
できるんだなぁ~と感心し、頭の回転の早さと聡明さを感じます。
男性は、相手を称え、敬愛の態度を女性が感じでいただければ、
もっと上手く付き合っていけると思います。
そのとき別の女性が同席女性の背後を通った瞬間に一言
「どこ見ているのよ」と言われ、「ドキッ」としました。
その同席の女性、小生がその女性を見たときは、
箸を取っている最中で、小生の表情を一切、見ていないはず、、、
なのですけれどもその雰囲気で、表情が解ってしまうようで、
ある種神様のような存在でもあり、恐ろしいなとも思います。。