昨夜、夫婦で会社の打ち合わせを兼ねて、「家族」について、梅酒をちびちび飲みながら語り合っていました。
先日、成人した子の親(家族)殺しの報道が
ありました。またかとも思うほど、です。
子どもに殺される前に親が子を殺した事件も
ありましたね。
家族内で殺したいほど憎い関係は、
報道されない部分でも日本にまだあるかも?
潜んでいるかも?と話しました。
殺すまでの行為には至らないだけで、
ギリギリの関係性を保って、
内心互いに張り詰めた親子もいるかもしれない、と話しました。
社会の最小単位の家族内は確かにいろいろ、
山あり谷ありあります。平坦じゃない。
親も未熟だし、社会環境も目まぐるしく変化している。コロナ禍だって誰が想像したでしょうか。
親子、家族内の究極の事件の背景は、
本当に単純にはいかないと思います。
ただ、ひとつ、例えば、
親が子を型にはめすぎたり、
親のレールや価値観を子に押し付けたり、
子を見る以上に世間の目を気にするとか、
子自身が活きてない、生きてない日々を
強いられたなら、それはいずれ爆発するか、
病んでしまうか。
そんな親→子に対する姿勢は間違いで、
子育ての失敗。大失敗!
究極の事件を見聞きするたび、
私は他人事とも、
自分には無関係案件とも、
思えなくて、冷静に考えています。
もちろん、そんな事件が無くなるにはどうすればいいか、私にできる役割は何かと。
