働かない中高年を「妖精さん」と名付けた方がいる。

そんな新聞記事(特集)を見て、すごい名付け!と感心するほどでした。

 

妖精さん・・・

 

若手側、中高年側の双方の意見には、「妖精さん」を冷静に俯瞰して納得して見ている意見あり、反対に、イライラ怒りにも似た感情もあり。

 

 

 

 

そして、なるほど、と思ったのは、自分自身が妖精さんだと自覚している人がいること。自分で自分の現状が分かっている。

 

会社組織では存在を消し、おいてもらっているだけで有難いと思い、淡々と何かをこなし、お給料をもらう。静かに定年を待つのみ。どうしたらいいのだろう、どうにもならない、、と葛藤しつつ。とのこと。

 

人生の多くの時間を割く仕事。生活のため、自分のため、社会のために。?

 

すべての人が、会社組織のためにガムシャラにはなれないと思うし、出来ないし、本当にいろいろな人がいるし(得意、不得意も、スキルの有る無しも、コミュ力有る無しも、そう、いろいろな人が!)、組織内でうまく立ち回れない人も、います。

 

ただ単に働かないで(例えば、大学では論文を全然書かない教授先生、授業も学生指導も何ら工夫や進化もない先生?)でもお給料だけは高額、、、という妖精さんならば…自分はそうありたくないと思う、反面教師に過ぎません。

 

 

会社組織でうまく歯車に乗れないと、リストラ対象になったり、心身のストレスは相当。そんな不器用な人をたくさん知っているので、私は妖精さんだって何だっていいんじゃない!と思ってしまいます。

その妖精さん本人が、そう自覚した上で、辛くて毎朝の通勤が憂鬱で仕方ないなら、そんな仕事との向き合いしか出来なかったこと自体には、喝を入れたい気持ちはします。

ただ、そんな状況から抜け出すには一人では難しく、知恵と工夫が相当に必要ということは、日本社会には悲しいかな、ありますね。

 

これからの働き方、つまり生き方を、子どもたち世代にどう伝えていきましょう。

私たち大人世代の「常識」を超えて、未来を描くには。

つい頭に浮かぶ「常識」、「一般的にはー」とか、「普通はー」等の思考に気づくこと。何か周囲に影響されていない?軸が自分(親・大人)になく、自分の意見がうまく言えない、ということはない?夫婦、家族で議論してる?

 

そんな自覚からスタートします。答えはなく、「正解」もないから、考え続けなければなりません。

 

さあさ、受験シーズンが本格化します。

 

子どもへの教育熱は(世界中で)加熱していますが、学び自体は一生続くもの。

どうぞ一時期の受験勉強で燃え尽きないで、です。