「夫婦の出会いは何?」とよく聞かれます。

「素敵なひとがいたら紹介して欲しいとコンカツして」、「会った翌月くらいには結婚することになった」という話。

 

素敵な人には素敵な友だちがいる(=正解)。

「こんな素敵な、面白い生き方の人(=T君は残念ながら既婚でした 笑)には素敵なユニークな友達がいるんじゃない^^?」という関心から。人として仕事人として尊敬するT君です。

 

熊本で、仕事を通して知り合ったT君に何気に言ってみた上記ことばが、10年ほど前。「あ、そうなの!?」とT君はちょっと驚いていたような?、「そういや(高校の同級生の)サイタってやつがいる(最近、九州に戻ってきた、福岡にいる)。」こんな気軽な感じだったように思います。

 

多忙な3人が3人一緒に会う予定を調整するまでにはなかなか至らず、月日はずいぶん経ってから、彼(夫)が友達と開く写真展(福岡)に私が遊びに行ったが初対面。丁度、私はある手術を受けた直後(放っておいたら生死に関わる病気だったので!)、「人生は一度キリだ~」などとひどく落ち込んでもいた、風薫るGW。≪完≫

 

ーーーーー

天声人語より:いい夫婦の日(11.22)の記事

【長く連れ添った夫婦は顔が似てくると言われる。俗説だと思っていたら、どうやら科学的な根拠があるらしい。かぎは、無意識のうちに相手の表情をまねる「ミラーリング」という行為である。鏡のように映すことを意味する。】

ーーーーー

 

というのは、なるほど!

加えて、思考も似てくる、のではないかなと思ったり。

同じ空間で過ごし、同じご飯を食べ、山あり谷あり、どんな風に乗り越えるかーを経て。似ないわけはない^^/

 

 

どちらかというと、ポーカーフェイスで、ガハハと笑うタイプでなかった夫が、「変なあなたのおかげでよく笑うようになった」とはよく言われます。「変な」というのは自覚しています。言動が行動が。仕事の顔と家の顔の落差が大きく、家では、すっとこどっこいな性格のせい(汗)。外ではハキハキテキパキして、仕事でビシッとセンセイしている雰囲気は家では微塵もありません(どちらも本当の私)。「変ね~面白いひとね~」と言ってはガハガハ笑われます。

あてにならない母さんに息子たちの方がしっかりしてくるというのは紛れもない最近の事実!

 

一方、ほとんどイライラしない、冷静沈着、落ち込んだりクヨクヨしたりは一切なく、「人生いかに楽しむか」思考の夫のおかげで、クソ真面目な私の性格、時に考え過ぎる私はよくも悪くも平穏無事、能天気になりました。イライラする時のパターンは決まっていることに気づかされ(体調がすぐれない時、あまりに予定がツメツメの時)、つまりそれを回避すればいいだけの話。

自分の気の持ち方次第で、同じ現象も違う景色に見える。だから、自分を大事にして生活することが周りの幸せにつながることとがイコールだということも学びました。

 

 

どうしたら、(武力、攻撃等による)争いのない平和な社会をつくれるか。

私のなかの究極のゴール。

大声で怒鳴り合うことも、罵声することもなく、誹謗中傷なく、やられたらやりかえせ!でもなく、感情のぶつけ合いでもない。

 

互いに尊重し合う。

穏やかに、落ち着いて、解を見つける。

誰でも解を持っている。探す、見つけるチカラがある。

 

 

子どもの頃、大人の大きな声(喧嘩)が大嫌いでした。

特に、男の人の大きな声、イライラ怒り溢れた対立する様、ひとが何か権限を使って物事を押さえつけようとしている様などに怯えていました。

どうしてか、男の人が(思わず)とても響き渡る大きなくしゃみをする、あの大きな音にさえ、ゾッとするくらいです、くしゃみに過ぎないのに。

 

前例に従い、慣習に習い、いつものように進めるため、喧嘩や対立を避けるために、「決めたルールに従う(従わせる)」のなら、それはもっと避けたいこと。

そんなこんなで、唯一無二の正解のない、ケースバイケースの、オリジナルな「⇔まちづくり⇔ひとづくり⇔コミュニケーション⇔(この循環)」の仕事がどんどん身近になっています。

 

それはきっと、

別人格の他人(夫、子どもたち)と共同生活するようになったから。

似ていることも、違うことも、その「差」を楽しめるようになったから。

 

夫婦や家族はしだいに似てくる。

自分の周りにいるひとは似ている人が集まってくる。

未来はこんな風に、社会はこんな風に、と願うベースには、

夫婦の笑顔のミラーリングから。

 

なぜか笑いが止まらないブランコ

 

{23A29E4E-08BF-48DA-9E0F-08DFC8834938}
食いしん坊も似てきますな~(ナポリタンLサイズをシェアしようねって言ったのに、ウソだったのね~!)