3日(金・祝)は、午後からいつものように夫は出勤。

家族の連休があるのは羨ましぃぃ!

 

午前に家族で過ごした後は、長男のお友達と合流して、界隈の公園を渡り歩き遊びました。本音は、2年生の男児たちだけで遊んで欲しいのですが~、、、

「川(とてもとても浅い水辺)でザリガニ釣りをしようよ!」とお友達のK君が言うので、ちょっとした水辺とは言え、5歳児を2年生に託すわけにもいかず、、、一緒についていきました。

 

子どもたちが小川で遊んでいる間は、私は日向ぼっこをしながら本を読んだり等。

 

あたたかい秋晴れ

 

別の公園にも行き、男児たちについて回るのは体力勝負DASH!

ただ、同じ校区とは言え、何かがないとなかなか知れない界隈もあります。

通ったことのない道、住宅街を歩くのは楽しい!ですね!

 

夕刻前は、帰り道の神社の秋祭りへ

 

20円、30円で、綿菓子やポップコーンにチョコバナナが売ってあり、100円片手に大満足の子どもたち。無料でけんちん汁も配られているのは、びっくりするくらい何杯もお代わりしながら(!)、日没後は、飛び入りで太鼓行列に参加し、近隣を練り歩きました。

 

満月の秋の夜

 

子どもたちがたくさん!30-40代の保護者世代はもちろん、どの年代のどの性別のありとあらゆる近隣の人たちが、入れ替わり立ち代わり来ている様は、昭和そのもの。

子どもの頃、こんなだった。大人たちも、のんびりした顔していたなあ。

近所のおっちゃん、おばちゃんも、私のことを大事に叱ってもくれたし、遊んでもくれました。

 

生活に大事な場所は、家、学校、働く場、地域。

その場所によって、立場も変われば、接する人も違うからこそ、いろんな自分を発見することができる。仕事場で「えらい立場」の人が、お祭りでは着ぐるみ来て「チョコバナナ売り」をするとか、そんな役割を「あえて」することでも、じんせい彩り豊かになるでしょう?

どの場所にいっても「えらい立場」のまま振舞うなら、迷惑極まりないあせる

 

私は、フルタイム教員職を退職後、「〇〇先生」と呼ばれることが、ほーーーーっとんど無くなったので、そうなって初めて「先生」という立場に、良くも悪くも、私自身が囚われていたことに気づきました。正直、言われなくなるのも違和感があったし、いま言われる時はかなり違和感あり。

 

いろんな顔の私でいよう。

楽しい顔の私でいよう。「何の人か分からない」お祭りの大人たちみたいにビックリマーク