私自身、子どもたち(きっと夫も)、何か新しいことに挑戦する時はドキドキします。

うまくいくだろうかとワクワクする気持ち半分、

うまくいくだろうかと逆に不安に襲われる気持ち半分。

特に何も感じずに行動することならば、それ自体は「挑戦」ではないでしょう?

 

特別な大きなことでなくても、自分のなかでたくさんの感情が入り乱れて、それを自分で受け入れ一歩前に踏み出すならば、どんな日常の小さなことも挑戦。

 

授業中に手を頑張ってあげて発表してみる、

PTAの係をやってみよう、というのも。

仕事のプロジェクトを新規企画したり、

リーダーの役をやってみる、等、様々。

 

私自身は幼少の頃から、「石橋をたたき過ぎて、注意警告言い過ぎ、考え過ぎて、往々にして渡らない」という超安全?思考の父親(時々、母親も)の言葉がけのおかげで、【最悪のケースを想定する】アンテナが十分育ちましたが、【石橋は壊れるかもしれないけれど、壊れないことが多々】という冒険心や野心の方がメラメラと育ったのは事実。

 

子どもが産まれてからこれだけは誓ってきたこと: 

「石橋はたたいて必ず渡る」

何も始めていないうちから、「それは危ないからやめなさい」とか、「〇〇するとケガするよ」とか、「それは無理かもねえ?」、「できないかも」などは絶対に言わないように。

むしろ、「やってみて考えたら?」とか、「失敗しないように(ケガしないように)工夫するにはどうしたらいいの?」などに言い換えます。

 

今振り返っても、親から↑こういうコメントを受けたことがありませんあせる

何となく子ども心に感じていたのは、石橋をたたくコメントをもらっても、嬉しくも何ともなく、「(先々の心配をしてくれて)大切にされているのだな」というよりはむしろ、「私は信用されてないのだ」と感じました。

もっと信用し、信頼されたい。人間の根幹の欲求ではないかとしみじみ考えています。

 

5歳次男坊は、スポーツ幼児園の体操クラブで、先生から認められ、色んなことに挑戦させてもらっています。他の子にはまだ厳しい7段の跳び箱。もちろん始めは出来ないけれど、「〇〇なら出来る」と声掛けをたくさんもらった様子で、先日見学に行ったら、軽々飛んでいました。

 

跳び箱はまだしも、助走後、跳び箱の上で大回転し、着地するという技(上写真)。

「今は少し補助していますが、発表会(11月半ば)には補助なしに挑戦できると思っていますよ!」と先生から。見ているだけで私は怖い怖い!

「どんな気持ち?怖い?」と聞いてみたら、「ぜんぜん!速く回転したら怖くないよ!」だって。

出来ないカッコ悪さは見せたくないというプライドの高さも十分あり、意外に慎重な一面もある次男坊なので、これだけの自信は先生との信頼関係故だなと彼の表情を見て察しました。

 

先週末は、台風台風の合間をぬって(雨がやんでいた一瞬の隙!)、箱根のフォレストアドベンチャーに挑戦しました。フランス発祥だそうです、自然の森を活かして、ハーネスを装着して樹々を渡ったりいろんな挑戦をします。

 

子ども用の5コースは、クリアして進むほど、樹々の高さは10m以上にもなりました。

下から見ていると、小さく見える子どもたち。ハーネスを着けているとは言え、細いロープや揺れ動く板と板を歩いていきます。終盤頃に「もうやめる」と言い始めた次男坊でしたが、自分の前をスイスイクリアする長男に励まされ、全クリア。

 

ふたりとも始めは樹々の高さを見て「こわーーー!!!」と言っていましたが、

「ハーネスがあるから絶対に下に落ちることはない。先生の説明をよく聞いてルールを守ったら何も心配ない。なんかサルみたい猿!」と言ったら、ニコニコスタートしました。

 

最後に、(我が家の男子は特に)「かっこよかったよー!」の誉め言葉が一番効きます音譜

 

好奇心を忘れず、

気持ちが揺れ動くことこそ大事にしながら、

ひとつひとつの出来事をしっかり受け止め、

私自身も前に進みたいと思う秋です。

 

前進、変化の秋黄色い花

 

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