ブログの更新がないので「元気にしてる?」と連絡があって、

ハッとした9月です。とても元気です。重要な案件を前に気持ちをそちらに集中していました(います:現在進行形)^^

 

新学期がスタートしました!

学校が始まるとホッとします。次男坊はすでに幼児園がスタートしていて生活のペースがつかめていますが、小学生のお兄ちゃんは時間が自由にあって、ダラダラもしてしまう夏休み終盤でもあったので。

 

でも子ども時代の、ダラダラとした「自由」っていいなあとも思います。分刻みで習い事に行っている(行かされている)子どもたちも見かけます。

好きなことをして過ごす時代の豊かさ。至福。

子どもたちが好きなことを見つけられるような、心身の余力/余白を持ちながら、

好きなようにしたらいいとも思います。私と夫の間では、それをどう見せるか、そして、どう反応するか、を瞳孔開いて見ていますひらめき電球

 

今、私が考える「自由」について言葉を紡いでいます。

誰にも迷惑をかけないから〇〇してもいいでしょ?

自分のお金(土地、場所)で〇〇するんだから口出ししないで!

お金さえあれば自由が手に入る☆

 

などの考えと、私は距離を置いています。

 

そうはいっても、

貴方の好きなようにしていいよーと言われたとしても、この「好き」の基準がひとによってあまりに違い過ぎて混乱してしまう。あるいは、考えることができず固まってしまう人もいるだろうと想像します。

 

自由になるためには、どうするか。

お金の有る無しにおいては、ある方がもちろん「動ける」「挑戦できる」ことを否定しません。

その先にある、本当の自由って何だろう?

お金があってもガンジガラメになっているひとを周りに知ってるだけに。

 

①外に正解(答え)を求めないこと=答えは自分の中にある

②他者との節度ある関係のなかにあるもの

③信頼関係のなかでこそ自由はホンモノの力を発揮

 

時代は変わっている。のに、「昭和」を引きずっている私たち。

 

子どものためといいながら、大人も大したことない!

 

自由⇔不自由 いろいろな対義語をベースに洞察していきたいと思います。

 

インスタグラム:eikosaita3