出産、子育て(乳幼児期)に慌ただしくしている娘(私)に、母がよく言っていたことば:

「あなたたち(私や兄弟)が小さい頃は、どんなだったかなあ、記憶にないなあ」

結構本気で記憶にない母なのでした、、、

 

母の子育て時代は主に1980年代。特にほぼ年子で子ども3人。忙しい!

専業主婦がもっとも多い時代で、男性が家事育児をすることはほとんどなく、男女の役割分担がより明確な時代。男は外、女は内。

猛烈サラリーマン、24時間働けますか!の時代です。

 

確かに夫婦によっては、子どものあれこれについて話しながら、共有しながら、子育てをしていたと思います。残念ながら、母と父にそういうコミュニケーションは(ほとんど)なく、夫婦関係のストレスも抱えていたことは察していたし、大変だったんでしょう。

 

義両親が、よく夫(他の兄弟)の小さい頃の話、中高生時代の話しを細かくしてくれます。

ひとつひとつの出来事が鮮明で当時の様子がよく分かります。お父さんお母さんを中心に、家族全員で「共有」していたんだなと思い、聞いていて幸せな気持ちになります。

 

夫婦で、あるいは、親族や近しい大切な人たちと、「今この状況」をたくさんたくさんシェアできるならどんなに幸せなことでしょう!

 

思い返すと、私は、中学生ー高校生の頃の記憶があまりありません。

10代後半に差し掛かり、小学生時代のように無邪気な気持ちを周囲に打ち明けるより、どんどんきまりやルールにしばられて(当時の中学校の規則は本当に細かかった!!!)、日々の心模様を、例えば親に話すなぞ、そんな雰囲気は微塵もなく。

 

高校生になると、長崎市内の広範囲から同級生が集まってくるので、それなりにキャラクターが多様に。同級生の様子、行動と自分とのギャップが時に居心地が悪く、どう埋めるべきか悩ましくもありました。何かに熱く燃えることも、特になく。息苦しいルールはあり。

 

そんな中高生の時にも、数人の親友、尊敬する先生、応援してくれる人たちにも出会ったことも事実。きっと、私が心をもっとオープンにできていたならば、当時の記憶/想い出はもっと鮮明に残っているんだろうな、と振り返りながら。

 

いま、40年以上かけて、私自身が、誰と会い、何を話して(話せて)、相手を認め自分を認め、【コアエッセンス】を作り上げてきているかと、よくやく最近、見えてきました。たくさんシェアできる信頼できるひとが周りにいてこそです。多謝。

 

何を夢見ているやら。

夫婦で、子どもたち、自分たちのことをたくさんシェアし、何度も思い返し(記憶を定着させ)、そのことを例えば子どもたちに「あなたはこうだったのよ、、」と話せる幸せ。

子育てをしながら、自分の育ちを再生・やり直ししている気がします。