公立小学校に通う長男、現一年生、には宿題はほとんどありません。保育園時代はあえて読み書きをしない園だったので、一年前は、1から10の数字も正確には書けませんでした。

この、あえて読み書きをしない。というのが、今となってはとてもとても貴重な時間との引き換えだったと確信しています。毎日の泥んこ遊び、広大な公園を走り回り、かえるやとんぼを捕まえたり、つくしを摘んで天ぷらにして食べたり、先生方が作詞作曲した何十の歌をみんなで歌い、こままわし、竹馬、うんてい、、、舞台だって長々としたセリフを堂々とやってみせる子どもたち。

あいうえお、が書けるとか、足し算引き算を先取りして勉強する時間があれば、もっと違うことに心血注いだらいい。そんな時期。

いつだって親は子どもに期待しているのだけれど、どんな未就学時期を過ごしたいか、過ごさせたいかの議論はなかなかありません。保育園に入れるかどうか、何歳から英語をするの?など、そんな話。

公立学校は(経済格差ゆえの教育・学習機会の喪失にならないよう)、学習の質量をあげる工夫もしていかなくてはとも感じます。

例えば、長男が叔母のむっちゃんにもらった国語の問題集。学校では赤や青の漢字は、ただ、あおいそら、とか、あかとんぼ、を漢字にするだけなのですが、この手の問題集には、せきめん、とか、せいしゅん、等を書かせます。なるほど〜。
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たくさんの読み方や意味を知る面白さ。
長い文章を組み立てるちから。
こういう学びを塾が補っているのか〜というも新鮮な発見ではありますが、塾に行かなくても学びの質量をあげたいのです。1、2年生だからまだまだ勉強は遊びみたいなもの。その時期に何を学ぶかは大事だなあと感じています。