先日の朝日新聞より:新時代の教育改革 一発勝負より過程重視を

 

去年まではほぼ毎年、センター試験監督に早朝から夕方遅くまで出勤していました。2月3月の一般入試の監督業務も含め、とても緊張感ただよう時期です。

 

センター試験監督は、【マニュアル通り】に試験監督リーダーは文章を読み上げ、一秒も違わず、開始時間と終了時間を告げます。教室の大小によりますが、10分、20分間隔で、机の間を歩き、不正がないか、何かトラブルがないか確認します。トイレ対応、体調不良対応、すべてマニュアル通りに対応します。

 

もちろん、試験監督者は、監督中に、本を読むとか、違う作業はいっさいしません。

ただただ、丸一日、受験者を見ています。問題訂正や英語リスニングの機械トラブル、急な病気対応、遅刻者、、、とにかく学内全体が緊張でいっぱいです。

 

私が試験監督をしている最中は、学生の左利きの率が意外に多いこと(だいたい2-3割)を発見したり(同僚の先生ともよくそのことの話題になりました:かつて80年代の小中学生時代に左利きの友達がほとんどいなかったからです。我が家の次男坊は左利き。)、

 

高校3年生の表情がこんなにも幼いものかと母心になったり、

 

顔と名前のチェックをひとりひとりしなければならないので、珍しい苗字や名前に気づきがあったり。そんな発見をする時間でもありました。

 

とにかく、一発勝負という世界の息苦しさは、私が10代の頃と変わらないんだなあと複雑な気持ちで毎年の入試時期を迎えます。

私が経験した狭い範囲ではありますが(@熊本市)では、受験室環境はとても良く、他の受験者との距離感があり、試験に集中できるベストな状況と見ていました。(受験生に配慮する時代だなあと感じますがどうでしょう?)

わたし自身は、当時、長崎大学の狭い教室にとにかくたくさん押し込まれて座っていました。隣のひととの感覚も狭く、前の男子学生の貧乏ゆすりがこちらに響いていて、とてもとても気になったことを覚えています。(現在は、貧乏ゆすり等をする学生で、回りに影響ありそうなば場合は注意をします)

 

センター試験で高得点を取ることは、イコール、記憶力がいいという証明。に過ぎません。

大学受験までは記憶力の良し悪しがかなり進路に影響します。同時に、パターン(傾向)を知りその解き方を学べたひとが強いです。受験(試験)はテクニックの要素があります。

 

神里氏の記述には全く同感で、「入学よりも卒業に重きを置き」、「全国一斉の「真冬の一発勝負」より数年間の学びのプロセスで評価」し、「入学・卒業のタイミングは人それぞれ」でよい。「入り口は広く、出口は厳しく」ということにも賛成。

入学したら、(経済事情も厳しくなっているせいもありますが)バイトばかり、勉強はせずにただ授業に顔を出すだけ、その4年間に【ン百万円】もかける必要があるでしょうか?

 

目的をもって大学に進学して欲しい。18歳、19歳で大学で学びたいと思うひとは進学するもよし、そう思わないならば、学びたい時期(ひとそれぞれタイミングがあります!)に学べる仕組みがあるなら、神経すり減らして一発勝負の真冬のセンター試験など必要ない。はず。