長崎の質素な子ども時代に、テレビゲームを買ってもらうとか、買って欲しいとかの欲求すらなく、ゲームで遊んだ記憶が一切ありません。周囲にもテレビゲームで遊んでいる子はほどんどいませんでした。ファミコン(Family comuputer)は1983年だそうで、確かに小学生の頃、話題にはありました。


時代は変わって、我が子の時代。

タッチパネルは当然、youtubeだ、スマホだと、子ども達はとても器用です。


わたし自身がゲームに馴染みがないという理由から、長男(小1)がゲームをすることにとても違和感があったのですが、それは単に私に経験がないからという理由だということにも気づいた夏。


この夏、3DS ポケットモンスターXYをお父ちゃんに買ってもらった長男。平仮名、フリガナ付きの漢字、カタカナがたくさん出てくるのですが、研究熱心な長男は、分厚い公式ガイドブックを熱心に読み進めて攻略しています^^;


ひらがな、カタカナの練習帳でただ机に向かうのとは違う、たまらなく集中して読み込みたい気持ちからの文字との対峙。モチベーションが違う、、、笑


ゲームをするときは時計を見ようと約束しているため、時計の針を読めるようになり、時間の感覚を掴んでいます。


↑わたしにはいちいち面倒でやる気が失せてしまうくらい複雑(に見える)のですが、お父ちゃんと盛り上がりながら楽しんでいる長男。いろいろと攻略方法や場面展開があるようで楽しそうです。







ゲームを子どもにさせていいのかという悩みや、させてはならないという忠告や、させるとしてもできるだけ後で、という声を聞きます。あまりに自分の子ども時代と違うために、このIT時代、確かに戸惑います。

私が懸念するのはただひとつ。目の疲れ・視力の低下。気にしているのはこれだけです。


子どもの性格、親が子どもと接する時間の長さや関わり方のあり方によって、正しい答えはないですが、ゲームをすることは悪いことではない。



↑中室牧子先生の本でも様々な角度から学力について書かれていましたが、

・テレビやゲーム「そのもの」が子どもたちにもたらす負の因果関係は私たちが考えているほどには大きくない(p54)

・1日1時間程度、テレビを観たりゲームをしたりすることで息抜きをすることに罪悪感を持つ必要はない(p56)


ですね。かと言って、

・勉強するように言うのは親として簡単なことだが、効果は低く、ときに逆効果(p60)

ということは親は実感として理解すべきで、子どもがどうあって欲しいのかをよく観察し声の掛け方を工夫しなければです。


また、

・男の子なら父親が、女の子なら母親がかかわるとよい(p60)

ということも心底共感でき、だからこそ、子育ては父性的(男性的)母性的(女性的)な関わりが各家庭でどのようにできているか、見直したいところです。子どもと関わりの薄い「モーレツサラリーマン」に会うたびに考えてしまいます。



何より感じるのは、この子はどういうタイプか(傾向があるか:いい意味で)ということを、よく観察すること。長男と次男では性格がまるで違うし、友達のA君ともB君とも違う。他と比べない。同じようにすることが解ではない。


ゲームを決まった時間に楽しみたい長男は、朝食を食べ終えると間もなく、自分がすべきto doリストを書き、ゲーム時間を確保します。わたしが書いていたto doリストを書いていたのを真似しだしました。


ゲームは楽しい。本を読むことも、泥んこになって遊ぶことも楽しい。勉強はもっと楽しい。

子どもはいまどんなステージにいるだろうかと観察し、近視眼的ではなく長期を見通し考える。

そして、「楽しい」をどれだけ示せるか。子どもは親をよく見ています。