morning glory

あさがお:morning glory 英語でモーニング・グローリー だなんて素敵ですビックリマーク

7月になりました。2016年の折り返し。


6月はとにかく、行きたいところに行き、会いたいにひとに会い、好きなように本能のままに自分に忠実に行動しました。もしかして、人生でそういう贅沢な?時間は初めてかもしれません。

人生の折り返し年齢でもあるいま、こういう時間をもてていることに本当に感謝しかありません。

わたしのあと残り半分のじんせいを、どういう風に生きる?とわくわく考えられること以上の幸せはありません。


安定とか慣例とか前例とか、そういうことに全然ビビっとこないのに、自分から「妙な落ち着き」状態にいるなんて!変化を好んでいるのに、空想して憧れているだけなんてもったいない。


40年以上生きていると、自分はこういうひと、こういうタイプ、こういうのが好き、得意、逆に、こういうのはちょっと不得意、と無意識に決めているし、行動が似たり寄ったりにもなってきます。

自分をよく理解しているという点で、悪いことではありません、が、

心地いい状態の軸を確たるものにするためにも、想定外の行動もいいものです・・・ということに気づいた6月でした。


例えば、小さなこと。いつもならちょっと遠慮して(相手は忙しいだろうから、とか、こんな話は大したことはないから、等と、、)スルーすることでも、ちょっとだけアクションを起こすと、その会話から、場面から、嬉しい出会いやつながりが生れたり、オモシロイ閃きがあったりします。


また、最近、夫ともよく話していますが、「忙しすぎないこと」「時間にゆとりをもつこと」の大切さ。

あれがしたい、これをしなくちゃ、とスケジュールが埋まると、ひとときの充実感・高揚感になります。でも、クリエイティブに生きたいなら、忙しい(心を亡くす)状態は避けなくてはなりません。


都市計画、まちづくりを研究してきた(大学教育者、研究者としての)11年: 

とくに都市開発や中心市街地の活性化等のハード面も十分視点にあった前半5-6年から、子どもをもって初めて知った子育ての大変さから、小さな範囲のまち、地域の住みやすさや住むことそのもの(住宅政策等)に関心が移った後半5-6年。

いま、改めて、もっともっと泥臭い、生活臭あふれる【暮らし】そのものについてfocusしたいです。

【暮らし】には、働くこと、ひとと関係をもつこと、学ぶこと、遊ぶこと、、、のいろいろを含みます。


まちづくりはひとづくり:

その「ひと」についてやっぱり興味が外せない、わたしにとって永遠のテーマ。

一人のひとが、生涯独身でいようと、結婚・離婚、どんな状況に合っても、自分以外の他者とどう折り合いをつけるか、そのなかで、自分の限られた命をどう終えていくか。

孤独死、孤立、虐待、、、もあれば、「子どもの声がうるさいから保育園作るな」のクレームで建設中止になる時代。


私が捉えていきたい、これからの日本のまちづくりは、

「あなたはどういう生活がしたいか」を、もっと一人ひとりが真剣に考える作業のなかにある。

まちづくりは、本当の自分を探す旅。成熟した都市、まち、には成熟した人間が絶対に必要です。