絵本の配本が童話館(長崎市)から、毎月3冊届きます。長男用に2冊、次男用に1冊。
長崎のおばあちゃんからのプレゼントとして。
小包の宛名が長男次男の名前というだけで、本人たちは「ぼくたちに来た郵便」と嬉しそうです。
今月届いた1冊(次男用)が「かいじゅうたちのいるところ」(モーリス・センダック作)でした。
絵本を見たとたん、「これ、保育園にあった」「病院の先生のところにもあったねえ(かかりつけの小児科)」と大喜びで、この絵本をもとに保育園で小さな劇をしたことも思い出した次男は、あの時こうだったああだったと詳細に語りだしました。
保育の質、教育の質って何だろうと考えます。
わたしも教員(だった)から。わたしは教育の質を高められていたか、、、
100%はない。
どこにもお手本やマニュアルもない。人間相手で誰一人として同じ人は存在しないし、
でも、きっと、人間の本質、本能の部分をくすぐることができたら、あとは本人がもつ無限の可能性に委ねることができる。
「先生、先生」と言われていると、自分でも変な錯覚に陥ります。
先生だから○○でなくちゃ、という責任感ばかりでなく、おごりや自意識もある(あった)。
そんなの何も意味がないのに。
保育の質、教育の質を高めるために・・・
相手を見る、知る、よく観察する。
投げかけた反応が千差万別であることを受け入れる。
相手を信じること(期待ではなく)。
そのために、自分は自分のことが信じられるか。yesと声を大にして。
教員としての誇りはそこから。教員ほど面白い職業はありません。
プレーパークで年上の男子が小屋の上に上っていたので自分もやりたい長男。
身体で覚えたことこそ宝。