主人が倒れなければ、そうは成らなかったのでは?
と思う事が有る。それは周囲の人との新たな関係。




主人の大変な病状によって、逆に、主人の兄弟との交流が増えた。
私達は当時都内に住んでいて、年に一度北海道へ帰省する程度で、主人の兄弟と日程が合えば会う事は有ったけれど、めったに会う事は無かった。



発病し、さらに重症であったことで、都内での療養を早くに諦め、北海道へ転院・転居した。それで義兄姉にも頻繁に会う事が出来る様になった。主人の母が亡くなる前、「○○と○○の家族の事を宜しく頼む」と遺言してくれ、いつも気にかけてくれる。有難い。



それと、主人の友人や同僚・部下だった人達が、今でも忘れずに我が家を訪ねて来てくれる。主人はどう思っているのか分からないけれど、本当に有難い。私は倒れた瞬間から、もう会社へ復帰する事は無い、と思っていた。しかし、会社の人たちは、『なんとか手さえ動けば・・』とマッサージしてくれたり、励ましてくれたり、主人の会社での顔を垣間見たものです。


今年に入り、主人は親友に会いたいと言い出した。
たまたま、その親友がGWに来てくれました。
女の子「□□君と会いたかったんだよね?どうして会いたかったの?」
男の子「ただ会うだけで良いの」


確かに、彼とはそんな関係だったかもしれない。
昔話を少しして、昔と変わらず、ただニコニコニコニコ笑っている親友との空間を共有できるだけで嬉しいらしい。



今月末には、会社の人たちも来てくれるとの事、それも楽しみにしている様だ。
私に毒舌を吐きまくる悪魔くんは、会社でも毒舌だったのに、気にかけて訪ねてくれる。有難い。







そして、私も・・・
私の60年の人生の中で知り合えた友人たちが、私の置かれている状況を心配して気にかけてくれる。「時間のある時で良いよ、ご飯でも食べよう」「疲れが取れたら、ランチしよう」と誘ってくれる。「直接は、何もできないけど、身体に気を付けてよ、応援してるからね。」と声をかけてくれる。本当に有難いです。



主人をリハ入院させて、飛行機埼玉へ戻った。
そして、私の旧友と温泉で1泊し、ワイン美味しい食事と絶景を見ながらのんびり温泉過ごした。







穏やかなお天気に恵まれて、富士山を見ながら温泉に入り、新鮮な海の幸を堪能した。極楽~音譜いつも気にかけてくれる友は、私を慰労したいと思って誘ってくれたのだと思う。そして、サプライズビックリマークで私の還暦を祝ってくれた。有難いしょぼん




主人が倒れてからというもの、自分の事はさて置いて来た。
子供達と主人の事、更に私の両親の事で、いくつも体が欲しいくらいの慌ただしさだった。今年に入って、少し自分の事・人生についても気持が向くようになってきている。主人の病状の安定や次男の自立で、抱える荷物が少し軽く成った気がする。私に与えられた残りの人生を少し楽しんでも良いのでは?と思っている。






主人が倒れて、周りの人たちの思いやり・支えに、改めて有難く感謝ですo(_ _*)o
これからも、頑張っていこう。