主人は、いつもの入院。


今回は、歯科治療・ボトックス2回目・集中リハ病院


ずっと、家で看てあげるのが良いのだけれど、全く動けない人で意思はシッカリしている人を私一人で見るのは、厳しい。退院するときに、施設に送らない方法を私から提案した。病院に定期的にリハビリ目的で入院する。その間私は子供達の所へ戻り、自分の休養と子供達の生活の建て直し。


そうして五年。症状も障害もましてや家族の体制も十人十色。こうさせてもらっている事に、感謝している。(。-人-。)





先日の、「障害状況確認の診断書」には、落胆とまでは行かなかったが、現実の厳しさを再確認した。


診断書といえば、傷病手当金の診断書には、毎回「ロックド・インに近い状態」と記されていた。
閉じ込め症候群と言われている。大脳は動いているが、それ以外は動かない。強固な殻に閉じ込められた状態。脳幹出血の場合、大脳は無傷で、記憶・知識は失われない。主人は、倒れる前と以後2年間の記憶が無い。倒れた瞬間もシッカリ覚えている方も多い中、ダメージの大きさが分かる。その間、脳が揺らいでいたのか、天井を見つめ続けて恐怖におびえていた。虫や得体の知れないオバケが見えていた様だ。



それから考えると、基本的な「体を自由に」というのは、失ったままだけれど、首や手あしを動かせるのは改善と思う。「最初の頃からを比べなさい」と言われると、そうかー。と納得するが、余りに重い障害のため、途方にくれそうになる。本人はどれほどなのか?可哀相に・・・。いや、本人は、きっと成果を感じているに違いない。それでなければ、ずっと意欲的にはいられない。あと、やはり周りの方々のサポートが大きい。



主人が、声を出せるようになって、困った事は「死にたい」「一緒に死のう」と訴えたときだ。あかさたなスキャンでやっと探し当てた言葉がそれだった時、汗泣きそうに成ったけれど、「嫌だわ、私は死んでなんか居られないわ、子供たちのことを考えてみてよ」「頑張って生きていたら、孫だって見れるよ、一緒に頑張って生きていくよ」と励ましたものだ。今までに数回後ろ向きになったことがある。リハビリ拒否が数度と離婚しようと言い出したときは、対処に困った。いま、それを乗り越えた所。これから、また何を思いつくか分からないけど、人生修行そんなに簡単には終わらせてはくれないと思うよー得意げ






子供達は、其々の環境で疲れている様だ。夜7時帰宅すると、薄暗い部屋で2人は寝ていた。
夕食より、睡眠だったらしい。一人は、ソファーで、一人はパソコンを前にカーペットで寝落ちしたらしい。叫び


ゴミを分別して、決められた曜日に出すのがイマイチ分かっていない。
明日は、可燃ごみ。2袋出さなきゃ!!!走る人