コロッケ理論・・・

いつもの戯言です・・・


相手から愛されるのと、相手を愛すること

自分が愛されるのと、自分が愛すること


このニュアンスの違い、色々な方角からの切り口がある。


相手から愛されていると感じるのが、相手からの自分に振り分けられる時間の割合だったり(友人としても複数人で時間でシェアしたり、相手が一人する考えごとまで含めると、割合でまた違う)、相手を愛することについて自分からのベクトルもある。

※相手に囚われる時間かな。相手を大好きな友人まで含めると、少し複雑。

24時間から時間を捻出させるために、よくあるのが、「仕事」と「私」どちらが重要か相手に聞く案件、ありがち。


自分が愛されることだって、気に入られようとしたり、自分の価値というのを出して、目に留まらせた結果もあるだろう。

自分が愛することも、似たことで。


その上で、「個人の良さ」が「自分が求める・かける、愛」と合致するかは、個人の秤だ。


まだまだ、ツッコミたい方向性もたくさんあるけれど、これらは一例として・・・



コロッケ理論・・・

↑私だけが言っている。


使っているのは、牛肉100%とか、ブランド牛肉をブレンドしています、とか言うけれど、そもそも、コロッケの構成を考えると、主要構成員のジャガイモとの比率が問題だから!!!


その割合によっては、ブランド牛肉、3%くらいかもしれない。



もし、彼女が北川景子さんだとしたら、隣に住んでいても送る、という人もいた。

※デート後も、沿線の違うところで分かれるとか、彼女の住む駅までとか、その場で解散とか。


田中みな実さんは、「好きな人からだったら、ストーカーくらいに振り向いて欲しい」と言う。



その他に、経験から来る学びというものがある。


よく、知的障害のかたと関わるかたは、「ここにいるかたは天使のように優しい人ばかりです」という。

実際、私が人生の一瞬でも関わったかたは、優しい人が多かった。

上手くできるようになったことを喜ぶのを、私たちは隠しがちだ。

素直に嬉しいこと、少し素敵になった自分を認識し、もっともっと学びたくて仕方がないという形もある。

ご家庭でも、愛されて育ったのだろう。



ある時、電車に乗っていた時、すごくソワソワして座っている人がいた。

隣に人が座るだけで、すごい形相で睨みつけ、目の前に立っている女性のスカートが掠っただけでも、しつこくその掠った場所をはたいていた。

疎まれるケースを学び、必要のないシーンで繰り返してしまう人もいる。



一緒に過ごす時間で虜になったと感じたいですか?

時間を捻出してほしいですか?

いつも一緒にいてほしいですか?

いつも、想っていて欲しいですか?

自分だけは、特別だという合図がほしいですか?


それも、掛け金が合わなければ、被害者にもなり、加害者にもなり、お金で解決できる場合あり(ホスト&ホステス系)、ということにもなる。



・・・コロッケ作ろうかな、自分が納得いく。

↑料理ですよ。






コロッケって、ほぼジャガイモだからね・・・

ちなみに、玉ねぎも主要構成員の一員。


「仕事」と「私」どちらが大切か案件、ジャガイモや玉ねぎを減らし、肉多め要求か?


仕上げのソース、いるかいらないかは、なくてもいい人がいるという事実も捨てがたい。

下味の濃さで上手くまとまってるのか?

そのソースは、婚姻届けだったり、お互いに一途な事実かもしれない。


相手の、ジャガイモ(生活)、玉ねぎ(息抜き)を大切にしたい。