昔は、若気の至りのような部分もあったし、自分の命に関してなんとも思ってなかった。
怖いのに死なない方が恐ろしい。
歳を重ね、賢くなっても良かった最後の最後でチョイスを間違えたが・・・
何度かあった命の境目も、薬によって苦痛はなく、「人って案外強いのだ」とも思い、また、「過去の経験と積み重ねの医療がなければ、簡単にこの世からいなくなってしまうのだ」とも思っていた。
その境目と、時期が選べれば・・・
大切な人だから、自分の命を踏み台にしてもらっていいと思っていた。
心残りがあったのを感じていたから。
引き換えに、私の方が死ねればよかった。
愛されるのと愛するの、どちらがいいだろう。
相手から愛されるのと相手を愛すること。
自分が愛されるのと自分が愛すること。
若干ニュアンスが変わってる。
中央に、自分のように愛すること。
母のように長く続く責め苦のようなものも、見ていられない。
けれど、どう伝えればいいのかわからない。
それなのに、自分が同じだったら、何を選ぶのかは決まっている。
昔から、母が食事前に打つ注射の時は、いつも泣いていた。私の方が。
腹部に自分で注射するのだから。
シリンジの山が怖かった。
ある時、子どもの幼稚園で配布された記事で・・・
ある紛争地域で、ゲリラ戦に巻き込まれた教会があった。
ゲリラ集団は、少女と、他とを分け、少女を連れ去ろうとした。
その時に、
「人数が足りない!!!誰かがかくまっている!!!」
そこでのシスターの追憶の言葉)
私は、自分の周りを見渡した。すると、彼女は私たちの輪に紛れ込んでいるではありませんか!
私は、彼女を諭した。
「あなたが戻らなければ、私達も含めて、皆殺されてしまうのよ。」
そして、彼女は、彼らと一緒に行ってしまった。
私たちは、祈ることしかできない。
これは、子どもが一時期いた幼稚園で配布された、海外での布教活動時の苦悩を紹介したものである。苦悩。苦悩?
誰の?
私は、その幼稚園で「優しいことは強いこと」という言葉で片付けられるのを、たびたび不満に思い、辛いながらも、たびたび優しさを差し出していた。
「私たちは、子どもたちの笑顔に支えられている。だから、頑張りましょう。奉仕しましょう。」
この言葉も、どのくらい嫌悪したことか。
子どもの笑顔は作るものではない。
一緒に楽しんでこそ、湧くものだ。
私は、この上記の配布された便りをとても恐ろしく感じていた。
そして、この文を「善」とする感性にも、恐怖を感じていた。
現地の便りを書いた、そのシスターは、妙齢だったのだろう。
少女と一緒に去らない。
私であれば、一緒に行くだろう。
命と引き換えに、どの少女かの苦痛の一つが救われる可能性がある。
私は、「優しいことは強いこと」だと思わない。
「理不尽に勝る、優しさを探す努力をすることを」
私のブログに寄るかたは、数人しかいない。
それ以外の「いいね」をつけるのはシステムで、読むに値しないままで付いたものだ。
興味本位ものもあるだろう。
その興味本位は満たされないだろうな、きっと。
私は、お付き合いのある、数人の方のブログをとても楽しみにしている。
「生きている時間」でいっぱいだ!
もし、私が姿を現すことなく寄ったブログがあるとすれば、「配慮」である。
寄り添うことが難しい。
常に、商材を載せているのも、敬遠してしまう。
私は、大切にしてきた人と過去の記事を置いて来て、たまに寂しくなることがある。
これは、何に相当した犠牲だろう。
けれど、今は、最善の居心地♪