最近の3年生の授業で、「尊敬する人物」の紹介をしています。各自、どんなジャンルでもいいので、自分が尊敬できる人を決め、友達や教師に英語で紹介する、という活動です。

 

先日、「日常の授業が見たい」とのことで公開を呼び掛けたところ、近隣の学校の先生方や校内の先生方が、授業を参観に来てくださいました。その日は、3人グループを作り、生徒たちがそれぞれの"The person I respect"を互いに紹介し合う活動を軸に授業をしました。

 

教科書では、ワシントンDCにある博物館を訪れた登場人物の一人が、博物館ガイドの説明を聞く場面。ガイドは、アメリカで公民権運動の先駆けとなったローザ・パークスという黒人女性を紹介していました。その紹介の仕方をヒントに、自分の紹介にも生かす、という展開で授業をやったところ、「教科書をきちんと扱う、通常の授業を見せてくださって大変よかった」とご好評をいただきました。

 

公開授業というだけで、必要以上に準備したりするのが、僕はあまり好きではないので、この言葉はとてもうれしかったです。

 

それはともかくとして、教科書の中でローザ・パークスさんを紹介している博物館ガイドは、彼女がバスの中で白人に席を譲らなかったとして警察に逮捕された事件「エピソード」を提示して説明していること、「時系列」で説明していること、「引用符(””)を使ってセリフを引用していること」など、生徒たちから引き出し、自分たちの「偉人紹介」に生かせることはないか、という視点から自分の発表を考え直す、という展開でやりました。

 

結局、自分の紹介を見直すところまでは行きましたが、もう一度紹介をし合うところまでは、時間が足りなくてたどり着けませんでした。でも、生徒たちはけっこういろいろなことに気が付いて、自分たちの発表に生かせるのだということを、再確認できました。

 

教科書を基本として、教科書を自分の英語学習に生かす、という視点を生徒がもってくれると、どんどん広がっていくなぁと思いました。そして、そうやって教科書によって生かされて、生徒の英語力も上がっていくといいな、と思います。

今日は、昨日のうちから生徒たちにせがまれて、根負けした結果、仮装をして授業をしました(笑)。

これを「異文化理解」と言えばそうなのかも。

 

ハロウィンがどんな祭りなのか、実はあんまり知りません。今どきっぽくYouTubeで解説動画を見てみると、かつてはケルト民族のお祭りだったのだとか。夏の終わりと冬の始まり、新年の始まりを祝い、家畜の肉をいただいた、と言ってました。

日本にも、秋の収穫への感謝を表す風習としてお月見のお供えをしたりしますが、そういうものと同じなんでしょうね。

 

そういう話もできたら面白かったのでしょうが、準備不足でした。次回への課題です。

 

それはそうと、今日の仮装のイメージをAIに描いてもらったら、、、(笑)

あくまでもイメージですが、生徒たちが笑ってしまうわけですね。

僕は、僕でいいのだなぁ。

 

そう思うことにしているが、そう思っているからこそ、自分のやりたいこと、やるべきことがブレブレです。毎日、翌日の準備をしっかりして、ゆとりをもって朝を迎え、懸命に働いて、家族と穏やかな夜を過ごす。その繰り返しの中に、ちょっと「やりたいこと」を加えようとしても、なかなか思うようにいかない。なんか本を読んじゃったり、ネットサーフィンやスマホいじりをしてしまったり。

 

意志が弱い。と言えば、そうなのだけど。

 

でも、それが僕と言えば、それもそうなのだ。

 

とにかく、小さなことでもいいから、自分ができることを、何か続けていきたいな。

 

 

例えば、そう、ブログをちゃんと書くとかね。

今日は音楽会でした(^^♪

 

先日、市内の中3が毎年出演する音楽会にも行ってきました。そこでの曲目と同じものを歌いましたが、その時も、そして今日も、本当に素敵な合唱を聞かせてもらいました。しばらく、ずっと耳に、心に、焼き付いていました。

 

3年間、一緒に過ごしてきた子どもたち。中1のときは担任をもっていました。しかし、いろいろな事情から、担任を外れ、学年主任として残留。気持ちの上では、「全クラスの担任」のつもりで突き進んできました。本当にいろいろなことがあった3年間も、残りあと半年を切りました。

 

苦しい時期は何度もありました。そのたびに、ともに戦う同僚、そして子どもたちの中にも、心に傷を負いながら過ごす人が何人もいる…そんな3年間でした。

 

人が嫌な思いをしても、自分本位になってしまう子は、何が原因なのだろう…ずっと考えても分からないままです。いろんな人の力を借りて、何時間もかけて、いろんなことを試したけれど、何も変わらない。

 

でも、どんなに悪いことをしても、それを止められない苦しさ。「何とかしてほしい」という周りのおとなしい子たちの声。その一方で、悪いことを(本気で?)悪いこととも思わないような振る舞いと、同じように、わが子を大切に思う気持ちからか、一向に気持ちが通じ合わない親。そういうものとの間の板挟みで、苦しさしかなかった。よく、ここまで心がもってくれたものだと、自分でも思う。

 

そんな苦しいトンネルの出口が、少し見えかけた時期の、今日の音楽会。素晴らしい歌声は、涙なしには聴けなかった。

 

いろんな先生が、聞きに来ていた保護者が、言ってくれた。「とてもよかった」「すばらしかった」と。だけど、確かに僕は学年主任だけど、決して僕がそんな言葉を受け取っていいわけではない。何もできない3年間だった。やったのは子どもたちなんだ。

 

今日、帰りの会で、「今日の夕焼けの色、風の温かさ、冷たさを、柔らかさを、しっかり味わって帰ってほしい。いつか大人になって、同じような自然を肌に感じたとき、今日のことを思い出すと思う」そんなことを子どもたちに語った。それは、僕自身にとっても同じことだ。今日の夕焼け。風のさわやかさ。君たちとの思い出の一つとして、きっと、ずっと残っている。

 

…と、まあ語り尽くせない思いがあるわけで。先月の運動会と言い、先日の市内の音楽会と言い、今日の音楽会と言い…辛いばかりの日々に、行事を通した美しい姿を見させてもらって、心の栄養を与えられたような感じだ。

 

ありがとう。さあ、残すは受験。ここから、君たちは受験生として、私は英語教育のプロ、中学校教師のプロとして、お互いに本領発揮だな。笑顔で桜を見るために…。

最後の更新から、あっという間に半年くらい経っただろうか。毎日大変な日々が続いた。でも、何とかこうして仕事をしている。少しずつ前進している感覚もある。負けずに続けていこう。

 

この数か月、自分にとってはすごく大きな出来事がいくつかあり、本当にブログを書いていなかったことを悔やむほどだ。具体的には、来年度から変わる教科書のことについて関わらせてもらったり、担当する部活動が、県大会を勝ち抜いてさらに上の大会に出場したりしたこと。どちらも、僕の教師としてのマイルストーンになるくらいのことだ。ここから先、今以上に大変なこと、難しい局面もあることは、想像に難くないが、それでも前に進んでいくとき、この半年の間に何とか成し遂げたことが、必ず僕の背中を押してくれる。そう信じている。そう思えるほどに、今は自分のことを信じることができている。数年前の自分からは考えられないことだ。直向きに努力してきたことで、自分に自信がついたと思う。かといって、今の自分は、決して慢心していないとも思える。とてもいいバランスで日々を過ごしていると自覚している。

 

でも、人は必ず、特に僕は、調子に乗ることがあるから、そうならないように、日々の一歩を大事にしながら進んでいく。自分の心に小さな野望の火を灯しながら。

 

どんなに苦しい状況でも、どんなに闇に包まれても、光を求め、光を信じ、正しく、世のため人のために、自分が置かれた場所で、精一杯戦ってきた。だから、必ず、この道の先には光が満ちている。そう思って、前に進んでいく。