姉が亡くなってから10年になる。

ねんじゅう具合が悪いと言って騒ぐワタシと違って

姉は健康だった。

下に3人の妹を置き、

呑気な母とは、21才しか歳の差もなく(21の時の子供だからね)

しっかり者の姉は、本来母がすることを

肉体的にも精神的にも受け持っていた。

ワタシなぞは、子供の時分、高熱が出た時など

うわごとで「おかあさん!」ではなく

「おねえちゃん!」と、しきりに呼んでいたのを今でも覚えている。

ワタシが次女という身分でありながら、


モタモタしていて、周りの人にいつもお世話になってしまうのは(今でも)


姉の「過保護」と言えるほどの、面倒見の良さに頼って生きてきたことが原因のひとつだと思っている。


いや、自分がダメなだけで、姉のせいにしちゃいけないが。


そんなしっかり者の姉は、


自分が家を継ぐしかないと思ったのだろう、


(継ぐような立派な家でもないのだが)婿養子に来てもらい


実家を守ることにした。


父が92(だったと思うが)で、転んで腰を打ったことから


急に弱り、入院して亡くなったあと、


若い時から、身体は丈夫でなかった母は


あちこちの故障で入退院はしていたものの、何度も危機を越えてまずまずの状態であったのに、


2年後に姉が亡くなった。


丈夫なはずだった姉は、急に痩せて、あれよあれよの間に抗がん剤も効かず、


見るも悲惨な痩せ方で、あっという間に亡くなった。


義兄は、相当ショックを受けたはずだ。


もちろん、私は、


姉とは姉妹というだけでなく、母親代わり(、、って母はいるのに)くらいに保護を受けていたので


しばらく腑抜けのようになった。


母は、呑気な人ではあったが


「兄弟姉妹が亡くなると、身にこたえるから


病気にならないようにね!」と私に言った。


母にとっては娘が亡くなったわけで、


もっと身にこたえるはずなのに。


とにかく、みんなが相当な打撃を受けた。


義兄は、優しい人で(そうだったはず)ハンサムな人だった。


母は娘の婿に迎えた時から、気に入って


「戦死した兄の生まれ変わりだ」とか言っちゃって、


相当うまく行っていたはずだった。


だが、


妻(姉)が亡くなって、その動転動揺の持って行きどころがなかったのか、


それとも、もともとそういう人なのに、


しっかり者の姉が、カバーしていたのか、


それとも、よほど胸に溜まった不満があったのか、


姉が死んでから人が変わった。


映画俳優のような美しい顔に、柔和な笑みを浮かべて、


物静かな人だったはずなのに、


別人になってしまった。


姉はいなくなっても、「あととり」としては母の面倒もみる立場だったが、


10年間、母を気遣うことはなかった。


母が施設に入っても、一度も見舞うことはなかった。


しかし、この正月


施設にいて、母不在の実家を守ってくれている妹に


「お母さんの所へ行きたいんだけど」と義兄が言って来たらしい。


妹も私達も、もちろん母も


変身後の彼に嫌なことも一切言っていないし、


母の様子を気にかけもしない彼に、


どうしちゃったんだろ?とは思ったものの


ケンカしたわけでもないし


「まあ、しょうがない」と諦めていた。


もともと、家督を継ぐような立派な家柄でもないんだし。


突然の「見舞い」の申し出に、妹も驚いたようだが、


面会の予約をしていた日に同行したらしい。


インフルエンザ流行のため、面会はガラス越しで、


母の持つ施設の携帯と、外からガラスを隔てて、


携帯で話したという。(ドラマで観る刑務所の面会のようだ)


実は、母は


ものすごく気に入っていた娘婿だから、


急変した彼を、心から残念に思い、


もしかしたら娘が死んだ時より、悲しんでいたのだった。


そして、いつか話ができるようになれば


昔のように戻るはずだと、淡い希望も持っていたようだった。


外からガラス越しの面会には、母も驚いたようだったが、


「来てくれたの!?」


「身体はどうなの?」「子供や孫達は?」と言ったあと、


「もう、みんな歳とったんだから


いろんな思いがあるかもしれないけど、


嫌なことは、全部忘れて、みんなで仲良くやってね!」と言ったらしい。


今年3月に102歳になる母がだ。


彼は「はい」と言っていたらしいが


妹から「それ」を聞いて、涙が出た。


妹も「お母さん、すごいよね!」


「えらいよね!」と言いながら


そんな「面会」の一部始終を話してくれた。


まだ年が明けてから母に会いに行っていないが、


100越えの老母、ボケもせず


80の娘婿に、そういう「人として、どうするべきか」を説く様子に


ただの婆さんではない凄さを感じた。


婿や娘達にとって、まだあなたの言葉が必要な場面があるのです、、。


この瞬間(その日の面会)のために、母はここまで生かされていたのか、、とも思う。