![]() | 「私は、どうして女に生まれてきたのでしょう」 会津藩砲術指南の武士の家に生まれ、 日々、武家の女として「影から家を支える」役割の針仕事や家事が 苦手であり、苦痛でしかない八重は 自分の生きる価値が見いだせないでいた。 江戸から帰ってきた兄の覚馬が妹の八重に指示した道… 「おまえ、砲をやれ。 これまで銃や大砲は足軽の武器だと言われてきたが、 これからの戦いでは主力になる。 …私は、その人材を育てるために帰ってきた。 …おまえにその気があるのなら、私が教えてやる。どうだ」 目の前に、新しい道が開けていく。 …頬に触れた後れ毛を、八重はかき上げながらうなずいた… 幕末銃姫伝―京の風 会津の花 |
主人公:山本八重とその兄・山本覚馬は、頭の古い武士達の中で悪戦苦闘しながら、
少しでも会津の力を上げ、藩の行く末を未来に繋げようと懸命に努力していきます。
しかし、それは生易しい事ではありませんでした。
幾人かの理解者はいても、依然として古くからの価値観で固まっている武士たちがそのほとんどだったのです。
そして覚馬の師匠はあの佐久間象山です。
佐久間象山の「五月塾」には吉田松陰、河井継之助、橋本左内、勝海舟などがいました。
勝海舟を知らない人はほとんどいないでしょう。
吉田松陰も明治維新で活躍した維新志士たちの師として有名ですよね。
その大元の、卓越した見識の持ち主が 佐久間象山だったのです。
覚馬の努力がやっと認められたのは、もう江戸幕府が屋台骨すらグラグラになり
崩壊寸前というような頃になってからでした。
薩摩も長州もずっと以前から準備し、着実に力を蓄えてきたのに、
会津が太刀打ちできる力はもはやありません。幕府にすらその力がないのです。
会津は保科正之(徳川秀忠の庶子)が藩主になって以来、親藩・御家門として忠実に江戸幕府に仕えてきました。
江戸時代末期に討幕の勢力がどんどん勢いを増してきても、
最後まで幕府に尽くし、忠孝の精神で将軍家を信じ真面目に仕えてきたのです。
第14代将軍家茂も会津藩主松平容保も、孝明天皇と心を通わせ、
公武合体で諸外国からの侵略に立ち向かおうとしていました。
しかし公武合体が完全に実現しないうちに、家茂も孝明帝も相次いで亡くなり、
一人残された容保=会津藩はいきなり朝敵にされてしまうのです。
ただ忠実に御上に仕えてきただけなのに…。
会津の人たちが誰も納得できず、信じられないでいるうちに、
討幕軍が 圧倒的に勝る武力を携えて、会津藩内に攻め込んできました。
…会津戦争はそんな戦争だったんです。
私は若い頃はあまり詳しくなくて、幕末の関係は
《討幕⇔佐幕》、《維新志士⇔新撰組》、《長州・薩摩⇔会津》という図式でしか把握していませんでした。
でも実際の様子を知ってみると、やりきれなさでいっぱいになってしまいました。
会津(福島)の人は真面目で素直なのではないでしょうか…。
国策に従って、一生懸命協力してくれる人たちなのではないでしょうか…。
今度こそ、国が福島の人たちを裏切ることがあってはいけないと思います。
幕末銃姫伝―京の風 会津の花
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