Niet elke dag
風 ふ け ば  君 を  想 う よ。
Amebaでブログを始めよう!
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

Ricottaライブ日誌

久しく日記をサボっていました。
このままだと4月に入ってしまうと思い、
3月のうちに一度は書いておかないとと思い、
ページを開きました。

3/19・21はRicottaライブだった。
最初は21日だけだったけれど
ganjaの鉄人さんから急遽連絡が来て
19日にもアメ村のacidでライブをする事になった。
19日の出演メンバーは個性派ばかり。
リズムマシンをバックに、下着一枚で踊りながら漫談(?)をしていた○○○○・○○○さん。
(お名前を書くのが少し恥ずかしいので伏せておきます。)
世界に80台しかないというレアなシンセを演奏するオーストラリア人の方。(名前が分からん。)
普段はオクトパス・グループというバンドをされているオグラさんと、似非浪漫のトランペットの方との二人ユニット。
最後はダンサーの方で、
体にマイクを擦り付けて、その音にエフェクトかけてみたり、
シンバルを蹴ったりしての、パフォーマンス。
かなり私は好きでした。
しかもすごい体が柔らかくて、180度開脚を簡単にやってみせた。

今回のライブはHPもフライヤーもなく、出演者の名前もきちんと認識せず終えてしまったけれど
多岐に渡った人種とジャンルで、なかなか面白かったのではないかと思います。

オクトパス・グループさんで思い出したけれど
Ricotta結成の時にバンド名を決める時、
私は「オクトパス」というバンド名を提案したんだった。
でも今になってみれば、かわいくないな。。。
「Ricotta」という名前はあまりに合いすぎるぐらい、
今のリコッタの音に合ってるなあという感じがする。
バンド名からバンドのイメージが連想されるのではなく、
バンドの音が、バンド名を発生させたような名前だと思う。

ライブが終わった後、ものすごくカラダが疲労しているのが分かり、
溜まった疲れが表に出てきたのか、次の日は朝から頭が痛く、
弱音はいて学校を休みそうになったけれど、
熱はなかったので学校に行ってきた。
しかし夜になると熱が出てきたので、どうにも福島まで行く気力がなく、スタジオを休んでしまった。
スタジオ休んだの初めてだ。しかも次の日はライブなのに!

21日のライブは cocoroom での速水ゲンキ君のイベント。
19日にacidのライブを見に来ていた、○○○○・○○○さんの出演者のお友達の方が来てくれたので
とても嬉しかった。
2Daysで申し訳なかったけれど。
去年のacidのライブを見に来て気に入ったので、また見に来ましたという方もいらっしゃり
とても感謝の気分でいっぱいだった。
cocoroomのライブはとてもリラックスして演奏でき、
久しぶりに気持ちよく演奏ができた。
でも気分が乗りすぎてしまうと、ベースを弾きすぎてしまうので、要注意でもある。
うるさくなりすぎてしまう。
しかしいつも思うのだけど、
人の音楽の趣味って千差万別のはずなのに
ライブでよかったと言われる曲はいつも大体決まっている。
その曲は実は自分も好きなので、今までのライブでやらなかった事はないのだけど
一度試しに、あえてやらないでおこうかと思っている。
反応悪かったらヤだなあ。。。

昔私がいたバンド、middle9がインディーレーベルからCDを出すと聞いていた事を思い出し、
久しぶりにmiddle9のHPを覗いてみた。
トップページにリンクされていたレーベルのHPを開き、
メンバーの写真とか、バンドや作品紹介の文章を見て、
なんだか一人でテンションが上がってしまった。
中学校に入った後に小学校の時の友達に会った時の気持ちと一緒だ。
旧友に会った時って、なんであんなにドキドキして興奮してしまうのだろう?
middle9では5人で演奏していたので、正直自分にのしかかるウェイトが少なく、
ライブも楽な気持ちでできたのですが、
Ricottaは二人でやっているので、一人にかかる責任が重く、
かなり修行になります。
友達にmiddle9にずっといた方がよかった?と聞かれたけれど
もしいたら、自分はずっと甘え続けていたと思うので
実際メンバーにもめちゃくちゃ迷惑をかけまくっていたので
今こういうカタチで音楽をやる事になって、結果的にはよかったんだろうなと思います。
あの頃は何をしたいか分からなくなり、
相当○○○な時期(すごくピッタリとくる言葉があるのだけれど、なんだったか忘れた。思い出せない。。。フランジャーじゃなくて、なんだったけ、、)でしたが、
今はもう迷う事はなく、自分のやりたい音楽が明確に分かっていて、
手探り状態ではあるけれど、着実に進んでいけていると思うのです。

自転車通学(通勤)のススメ

yodogawa


自由気ままなニート生活に終止符を打ち、今年の頭から摂津市にある職業訓練所に通っているのですが、
数日前から念願の自転車通学を始めました。
本当に数えるぐらいしか乗った事のなかった京阪電車と大阪モノレールを使って今まで通学していましたが、
電車を待つ時間が異常にもったいなく感じてしまうのと、運動をしたいという気持ちから、自転車通学を決行。
片道約1時間15分、ひたすらチャリを走らせています。
家を出て淀川まで北上し、十三橋を渡った後は、ひたすら淀川の河川敷を約45分間ノンストップ走行。
かなり長時間になるけれども
信号も何もなく、ずっとiPodを聞きながら、ただひたすら自転車を漕ぐだけなので、
それほどシンドイ感じはありません。
ぼーっとしているか、何か考え事をしながら毎日通学しています。

淀川の河川敷にはいろんな人がいる。
毎朝十三橋を渡ったところには、毎日必ず大声で歌を歌っているオジサンがいます。
同じ科の人で同じく淀川通って来ている人がいるのですが、
彼女は毎日、目だし帽をかぶって、両手離しの状態で本を呼みながら自転車で走っている人を見るそうです。
でも気持ちは分かります。ヒマだなあとよく思うので。両手離しは無理だけど。
後、大自然の中で生きている河川敷の住人がちょっとうらやましく思います。

しかしママチャリで走っている人は少なく、
みんなだいたいは気合いの入ったマウンテンバイク等に乗っています。
自分もいい自転車が欲しいなあと、切実に思う毎日です。
自転車通学にちょっとハマりそうです。

写真は淀川越しに見た西梅田の空中展望台。

働く鍋

nabe


我が家に一つしかない、鍋の柄の部分が
ついにボキっと取れてしまった。
以前その鍋で湯を湧かしていた時に、
気付かずに数分ほど空焚きをしてしまった事があり
その時に一気に痛んでしまったのですが
今日ついにプラスティック部分が取れて、
鍋としては使いものにならなくなってしまいました。
大阪に出てくる時に実家から持ってきたものなので、
その時点ですでに年期が入っていたのですが
愛らしいその形相が気に入っていたので
新しい鍋を買う気にもなれず
ずっとそれ一本でやってきました。
壊れたけれど、また同じ鍋があったら、是非買いたい。
もしなかったとしても、ホームセンターで売っているような鍋ではなく
金物屋さんで売っているような鍋を買いたい。

まだ、頑張れる。

昨日はRicottaライブだった。
今年はライブバンドになると、決心した。
のに。
ブリッジなのに。
またもや、うまく演奏できなかった。
前回のライブから、どうも演奏に集中できない。
いつも間違えないところで間違えたりする。
思い出すと、悔しくて泣きたくなる。
小学生の時に、練習すればするほど何故か下手になっていった
組体操のトウリツみたいなカンジだ。
もうリハからおかしいからね。
今日もヤバイなーって。予感はした。
以前は
「いつものスタジオよりも、今日のライブの方がいい演奏できたなー」
と思ったものだったのに。

それでも初めてお会いした何人かの方に「よかったよ」と声をかけてもらって、
えええ、となりながらも、
とてもありがたい気持ちでいっぱいになった。
本当にありがとう。

「Ricotta ライブ」でweb検索すると、
相方モモちゃんのいろんなBBSにライブ告知の書き込みをしているのがヒットする。
なんかいつもいっぱいライブ告知してもらってるのに、
(おまけにライブCD-Rとか、メモ帳とかも作ってくれてるのに。
あと、Newアイテムのスタンプも注文してくれたらしい。)
私は全然していないや。
いつもありがとう&ごめんよー。
また泣けてきた。

オ気ニ入リ

shoe
一年前も欲しかったけれど
高くてアキラめていた靴がありました。
今年も全く同じ色の同じ靴を見つけて、
やっぱり欲しいなあと思い、
サイズが合わなくて年末に取り寄せをお願いしていた靴を
今日ついに買いました!無職なのに。。。!!!
ものすごくシンプルだけど、やっぱりステキ!
Butteroという、靴や財布などの革製品を主に作っているイタリアのブランドなのですが
他にもどういう商品があるのだろうと思い、webで調べてみたけれど、
本国のサイトがあるだけで、
日本語のサイトはほとんど情報ナシでした。

他に最近買ったもので、良い製品だなあと思ったのは
ニュージーランドのメーカー、 everwarmの肌着!
お店でよく見るけれどちょっと高めなので購入には至っていなかったのですが
今回バーゲンでお安くなっていたので買ったところ、
とても暖かい~!
元々アウトドア用に作られた製品だという事を知り、ナットクトク。
あと、Black Sheepというイギリスのメーカーの手袋を買ったのですが
これも素材感がイイ感じで、かなりお気に入りの一品になりそうです☆

二匹の天使達

ミーちゃん
キーちゃん
元旦の夜に和歌山に帰り、
父親方のおばあちゃんちに親戚同士が集まって
鍋や高島屋のお節や、
おばさんの手作りケーキ(生クリームが甘くなくてあっさりしてて劇ウマ)を食べて
すっかり満足して実家に帰ってくると、
居間にはキーちゃん一匹しかなかった。
誰に聞く訳でもなく、「あれ?ミーちゃんは?」と言うと、
母親が、いつもの怖いぐらい悲しい顔をして
「あのねえ、ミーちゃん死んだんよ。」
と言った。
状況がつかめなかった。
無意識の内に、一瞬の間に、何か心当りがないかいろいろ考えたが、
全く何も該当するものがなかった。
ミーちゃんは一番元気でいつもピンピンしていて
一番「死」に遠い存在だった。

メールでも、迎えにきてもらった車の中でも、
全くミーちゃんの話は出ていなかったが、
この時初めて、母親は話し出した。
死因は首吊りによる事故死だった。
ミーちゃんはとても元気なコなので、
いろんなところによく飛び乗ったりしていたのだが、
年末30日、いつものように店でヒモをつながれた状態にしていた時に、
ふと母親がミーちゃんを見に行くと、
高いところから降りて首を吊った状態になったいたそうなのだ。
気付いた時にはもう既にぐったりした状態で、
父親と二人で必死でマッサージなどをしたが、
しばらく経つと、もう体が冷たくなってしまったそうだ。
いつも目につくところに猫達を繋いでいるので、いつもならすぐに気付いていたところだが、
この日はややこしいお客さんの修理が入っていて、
バタバタとしていて、気付くのが遅くなったという事だった。
27日にピー助が死んで、その3日後に起こった悲劇だった。
「多分ピー助がミーちゃん呼んだんやろうな。」
と母親が涙ながらもにもらした。
それを聞いて、思った。
多分ピー助が一人で寂しかったから、ミーちゃんを呼んだんだろうな、と。
8年半何もなく生きてきた猫が
(厳密に言うと、もらってきてすぐキーちゃんが骨折をし、
ピー助も数年前に一度病気にかかったが)
一気に2匹死んでしまうなんて、
絶対偶然ではないと思った。絶対に。
これといって根拠はないが、なぜか確固たる確信を持って、
そう思った。
「ピー助は一人で淋しかったからミーちゃんを呼んだけど、
キーちゃんはお父さんとお母さんがいてるから、淋しくないよねえ。」
とキーちゃんに言い聞かせた。
でも実際は、自分に言い聞かせていたように思う。
ピー助が寂しがってミーちゃんを呼んだと、
そう考えでもしないと、気持ちが収まらなかった。
そしてキーちゃんは特に寂しがる様子もなく、いつもと変わらない様子だという事を聞いて、
心底ホッとした。大分救われた。
しかしミーちゃんが首吊りをして死んでしまった現場に居合わせた
うちの両親の気持ちを考えると、本当にゾッとする。
というか想像できない。したくない。
母親は、父親と一緒に、
二人ともすぐに気付く事ができなかった事に対して、
自分がミーちゃんを殺したようなもんだ、と
後悔しても仕切れない気持ちでいっぱいだった、ともらした。
それで年末は二人ともずっと沈んでいて、
結局いつも恒例のマリーナシティのカウントダウンライブには
今年は行かなかったそうなのだ。
去年は父親が骨折したり、弟が家を出て行ったり、
二匹の猫が死んでしまったりと不幸続きだったので、
何かあるのかもしれないと思い、
その後すぐに二人で先祖の墓を参りにいったそうだ。
自分は大阪でこんなに幸せに生きているのに、
どうして実家には不幸ばかりが起きるのだろう。
誰かの願いが叶う頃の歌詞って、本当なのかなあ。
お父さんが、
「もう幸、和歌山に帰ってこいよ」と言った。
その時は、なんでよ~とか言いながら軽く流したが、
後になって思うと、一気に愛猫が一匹になって、
自分の子供が突然1人になってしまったようなもので、
相当寂しいんだろうなあと思った。
今はまだキーちゃんがいるけれど、
これから先、キーちゃんが死んでしまった時には
両親はどうなるのだろうと、不安に思った。
ふたりっきりで、うまくやっていけるのかなあ。
今まではけっこう猫に助けられていたんじゃないかと思う。
よく猫に話しかけていたし。
父親は立場が悪くなれば、よく
「そんな事ないようなあ、キーちゃん。」と話しかけ、
猫に逃げ場を作っていた。
別にウチの両親は仲が悪い夫婦という訳ではないが、
母親もいつも、
オヤジと二人だったらメシ作る気せんわ~と言っているので、
ちょっと不安になった。
もしキーちゃんが死んでしまったら、
新しくまた動物を実家に送り込むのも一つの案かなと思ったが、
以前飼っていた犬のチコが死んだ時、この間ピー助が死んだ時も母親は
死ぬのがツライから、もう動物は飼いたくない、
この二匹で最後や、と言っていたので、
その考えはすぐに取りやめた。
死ぬのが嫌だからもう動物を飼いたくない、と言う人の気持ちが
今まで分からなかったが、
今回ちょっと分かったような気がした。
特に3匹もいると、
十数年の間に3回も、愛する家族の死を経験しないといけないんだな、と。
人間の家族の死なんてそうしょっちゅうあるものではないが、
動物は命が短い。
だから人間よりも、あの世に見送らないといけない頻度が高くなってしまう。
しかしやっぱりどこかで、
死んだ時の事を恐れるのではなく、一緒に暮らしてきた喜びを感じたい、
と思ってしまうのだ。

しかし今回のミーちゃんの死は本当に悲惨すぎて、
家の中でその事を話すのはタブーっぽい感じである事を察した。
私もなるべく、考えないでいた。
考えるてしまうと、どうにもやりきれない気持ちになってしまった。
でも、ピー助が寂しかったから呼んだのだと信じる。
そして二匹の猫と一緒に過ごした日に、感謝する。

一年を振り返る。

一年を振り返って

今年はなんだか自分的に開眼の年でした。
仕事を辞めてから、急に視野が鮮明になり
いろんなモノが見えてきたような気がします。
ココロに余裕ができた事が原因かもしれない。
また、気持ちを整理できるようになったように思います。
迷いが少なくなったというか。
シンプルに考えられるようになった。

具体的に言うと、まず一番目は人間関係に関して。
今までは万人と仲良くしないといけない、
なるべく沢山の人と仲良くできるよう、努力しないといけない、
努力するベキだと思っていましたが、
別に無理なんかしなくてもよくて、
気の合う人とだけつきあえばいいんだ、と思ってきました。
なんだか文章にすると、当たり前の事のようだけど。
そう思うようになったきっかけは、
おそらく今年辞めた職場の環境にあると思います。
在職中はあまり気づかなかったのですが、
現場を離れてから、急に感じてきた事です。
沢山の人が入社してきて、
そして沢山の人が去っていく環境だったので、
いろんな人に出会った事によって、気付いてきたのかもしれない。
自分と気の合う人は、最初の時点でだいたい分かる。
そして全然無理をしなくても、すぐに仲良くなれる。
といっても、やっぱりある程度時間を重ねないと
本当の意味で親身になる事はできないと思うけれど、
最初の時点で、仲良くなれる事を予感できる。
人の印象は第一印象で決まる、と言いますが、
以前は非容認派だったけど、
今はマンザラ間違ってもないなあ、と思います。
だからなるべく沢山の人に出会って、
その中で自分とフィーリングの合う、稀少な人を見つけて、
そして出会ったら、その出会いを、本当に大切にしていきたいと思う。
友人のタイプは二種類あって、
自分とフィーリングが合う人と、
そこまでフィーリングは合わないけれど、長く一緒にいるから仲が良い、
(星の王子さまのキツネの言葉で言うと、”飼い馴らされた”タイプ)
という人に分けられると思うのですが、
今まで話してきたのは前者のタイプだけれども、
人間関係を築くにあたって、無理をする必要は全然ないという事を言いたかっただけなので、
もちろん後者のタイプの友人も、決してゾンザイにしている訳はなく、
大切にしていきたいと思う。
きっと一緒に来れたのも何かの縁だし。

また、傷つく事を恐れないように、心がけようと思いました。
それを恐れる事によって、結果的に逆にもっとヒドく傷心してしまう。
もし自分が傷ついたとしても、
傷ついたのが相手ではなく、自分でよかった、
他人を悲しませないで済んでよかったと思えば、
何もコワくない。
きっと積極的にいい人間関係を築いていけるなあと思います。
噛み砕いて言えば、
ヘンなプライドは捨てて、素直になろう!という事、かなあ。

二番目は、仕事や生活環境に関して。
今の仕事や生活に、自分的に満足していないのであれば、
今あるモノを失う事を恐れずに、
新しい環境に自分を切り替えても、全然何も問題ないんだという事に気づきました。
人様に迷惑をかけない範囲であれば。
もし他人が自分の決定に対して否定的な事を言ってきても、
自分で納得して自分を新しい環境に持っていっているのであれば、
その意見に屈する事なく進んでいっていいのだと思いました。
また、自分が今の生活に満足感を感じるにあたって、
物事を相対的に感じていると今までは思っていたのですが
実はそうではないように思ってきました。
だから次の職場が今の職場より良くなかったらどうしよう、と悩む必要ななくて、
今の職場に自分的に納得がいかないのであれば、
新しい環境を探すベキだなと。
これもやっぱり、人に迷惑をかけない範囲で、という事にはなるのですが。
具体的に言うと、
仕事を辞めた事によって、親などに金銭的に迷惑をかける事にならないように。
また、迷ったら何よりまず、トライしてみる。
挑戦してみて、違ったなと思ったら、方向を変えればいい。
トライしない段階から、
これってどうなんだろうとあれこれ考えても時間の無駄だし、
真相は見えてこない。
これも結局は、失う事を恐れてはいけない、
という事に繋がるのだけれど。

まだまだ思った事があったように思うのですが
今のところ思い出せないので
また思い出したらまた独り言のように書くかも。

一年を振り返ってみて、
仕事を辞めてからの最後の二ヶ月は
日々を作曲に費やせた事が、何よりも幸せでした。
来年も自信を持って、
「ハッピーライフ」と言える年にしたいです。

天国に行ったピー助

ピー助

今日の夕方、母親からメールが来た。
「ピー助君が今朝の3時~分に天国に行きました」
医者にはもういつ死んでもおかしくないと言われていた、
ずっと病気を煩っていた実家の猫の一匹であるピー助君が、ついに死んでしまったという事だった。
具合が悪くなってから最初は点滴を打ちに毎日病院に通っていたが、
もう年齢が年齢だし、今の病気(腎臓が悪かった)を治す事は難しく、
今毎日している点滴も、治療ではなく延命であると言われ、
途中で点滴を打つのをやめたが、
すぐに死ぬと言われていたのに、それから一ヶ月ぐらいは保っていた。
それでもやはり普通の状態ではなく、エサは進んで自分で食べないので
ウチの母親が毎日口にキャットフードを入れてなんとか食べさせていた。
しかし数日前からおしっこを漏らすようになったのだが、
そのおしっこが全く臭くなかったらしく、
完全に毒素を尿に出す働きがなくなって腎臓が機能していないような状態になっていたそうだった。
そして26日の夜からだんだんと悲しい鳴き声を上げるようになったので、
もうついに山場かと思い、その日の夜中はピー助のそばで寝ていたところ、
夜中の3時ぐらいに様態が急変し、
急に吐くようになり、体が痙攣を起こしだし、
苦しさからか首を180度回転させたかと思うと、
最後にピクっと痙攣して、もう息をしなくなったという事だった。
それまでは残りの2匹は、あまりにピー助が痙攣を起こすので心配そうに近寄ってきたが
(ミーちゃんはピー助が鳴くといつもなぜか首を噛みにいくので、この時も例外ではなく、
必死に母親が止めたそう)
心臓が停止すると、急に2匹とも知らん顔になったという事だった。
息をしなくなれば、もう生き物とは見なさないんだろう。
亡骸を市営の動物専用の焼き場に持っていったところ、
冷凍室のようなところに入れられて、明日焼かれる予定との事。
ピー助の死に目に会えなかった事を悔しく思い、
最後苦しんで死んでいったピー助を可哀想に思った。
お父さんっコで、時々人の懐にふっと入って座って落ち着くという愛嬌のある性格と、
二匹の女達には逆らえない少しマヌケな性格のコだった。
医者にはもうすぐに死ぬと言われたのに最後まで頑張って生きてくれたから、よかった。
今まで我が家に朗らかな雰囲気を作ってくれたピー助に感謝した。

X'masもトオヤマタケオ。

今年行ったライブは、ほとんどトオヤマタケオさんライブ。
そしてクリスマスもまた、トオヤマタケオさんのライブに行ってきた。
場所はココルームで、時間は変則的な15:30から。
今日はピアノだけだったけれど、
やっぱりピアノうまいな~と思った。
なんだかやっぱり、人を惹き付ける魅力がある演奏をする。
最後のメインのアヤコレットさんはさらにピアノがうまくて歌も上手だったが、
私のフィーリングにはそれほど合わなかったみたいだ。
帰りに相方のmomoちゃんと新世界の串カツ屋でご飯を食べ、
帰路についた。
今日でクリスマスも終わりだ。
明日からまた身をひきしめていこうか。

クリスマス鍋

cake_051223
今日は元会社の同僚のNさんとIやんとMちゃんとHろ~とで
クリスマス鍋をしました。
といっても、Nさんが実家のバスの都合で早く帰らないといけなかったので
5人揃った瞬間はなかったたのが少しザンネン。
鍋はMちゃんが大絶賛の「ピェンロー鍋」。
材料は白菜と干し椎茸と春雨と豚肉と鶏肉とごま油だけという、とてもシンプルな鍋。
鍋のダシをお椀に入れて、
各自で塩を入れて、ダシの味付けするというもの。
白菜がとけそうなまでしっかり煮込むのだが、けっこうおいしかったです。
前日の夜から、Nさんの実家が雪でバスが動いていなかったのでNさんはウチに泊まり、
次の日の23日一緒に準備する事になったのですが、
最初ケーキとうどんを自分達で作る予定だったけれども、
意外に時間がない事に気づき、
とても心残りだったけれど、うどん作りを断念し、ケーキだけを作りました。
(ホットケーキミックスでだけれど。)
次は絶対うどんを作ってやるぞ~。
年越しウドン。みんな食べてくれるかな~。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>