「頑張らせない介護」
介護日誌
※全て過去日記になります。
全ての登場人物は仮名となります。
これから主役として登場するなつさん(享年98歳)は2018年6月22日光に還りました。
このブログはなつさんの介護に関わってくれたたくさんの方に対しての感謝の気持ちを込めて書いていきます。
なつさんの在宅介護が楽しいものになったのはたくさんの方が関わってくれたからこそです。
一人でする介護ではなくそれぞれの関わり方があります。
それをみなさんにお伝えしたいのでこのブログを書きます。
※すべて過去のお話になります。
【主な登場人物】
私(こま)・・・このブログを書いている本人です。
【家族構成】 旦那様、娘、息子(アンジェルマン症候群)重度の知的障害です。 旦那様の両親と同居の6人家族
のこさん・・・こまと同居している優しくてちょっと天然のお姑さん。料理全般やってくれます。
やすさん・・・こまと同居している本当は優しいのにへそ曲げると手に負えないお舅さん
なつさん・・・のこさんの実の母。長男家族と同居している
おにいさん・・・なつさんの長男(透析してます。)
おにいさんの奥さん・・・パーキンソン病でした。(1年前に他界されました)
なつさんはのこさんのおにいさん家族と同居をしていました。
のこさんとおにいさんは一時期、色々あって、疎遠になってました。
その間はのこさんはなつさんと会えませんでした。
その間になつさんの認知症が進んで行ったんです。
なつさんはバスに乗ってよく我が家に来てました。
シャキシャキしていて元気なおばあちゃん。
株の番組をよくみていて、とても賢くて優しい人でした。
人のお世話が大好きで自分のことよりもいつも人のことばかりしているような人でした。
まだ私の子供が小さい頃おんぶ紐でひょいとおんぶしてくれてました。
ひ孫になる娘と息子を可愛がってくれて居ました。
そして、毎年孫嫁の私にお年玉をくれました。
旦那にはなしです(笑
耳もしっかり聞こえているし話し方も上手だからお年寄りと話している感じは全然なかったです。
なんの話でもにこにこともりあがれていたおばあちゃん。
会えなくなってから1年が経っていました。
この頃すでに介護の仕事をしていた私。
たまーにのこさんがなつさんに会いに行ったりした時の話を聞きました。
認知症になっているのが私にはわかっていました。
「ちょっとおかしいから検査したほうがいいよ」とのこさんに私はなん度も言いました。
でも自分の母のことはなかなか認められません。
なんど話しても「いや、そんなことはない。病院なんて連れていけないし」
なかなか病院にも連れていけれませんでした。
家族によくあることなんです。
本人も拒否をするから無理をできないし、認知症とかを認めたくないのです。
だからこそ、外部の人間が関わることが大切なんです。
そんなある日、なつさんは自宅で転倒をしてしまいました。
病院に入院したなつさん。
この時、点滴を外すからという理由で家族の許可を得て身体拘束をされました。
家族は深く考えて居ませんでした。知らないのです。説明を受けても治療が優先だと思うので家族はわからないのです。
介護は突然やってきます。
だから知らないことがとても多いのです。
絶対、責めないでね。
痛み止めの影響で幻覚もかなり見えていました。
お見舞いに行った時にこの姿を見て、血の気が引きました。
急いで止めるように言いました。
でも、おにいちゃんと疎遠になってるためのこさんも強く言えません。
なんとか連絡をして、拘束をするのをやめてもらいました。
この時私は、のこさんに事の重大さを話しました。このせいでのこさんはショックを受けてしまいました。
悩ませてしまったんです。
いけないこととわかっているが関係が良くないからそんなことお兄さんに言えない。こんな葛藤を感じさせてしまいました。
しかしこの拘束のせいで認知症が一気に進みました。
まだこの時はみんなは一時的なものと思っていました。
私は介護生活が始まると感じました。
自分の親のことはやはり、むずかしいのです。
まぁ、そうは言ってものこさんにはどうしょうもなかったです。
ほっとけない私は出来る限り無関心さをよそおっていました。
しかし、すでになつさんとの関係性ははじまっていました。
この時なつさん92歳。
まだまだ私は遠目で見ていることしかできませんでした。
※娘の息子の嫁という立場では直接関わることはできないのです。
つづく