わたしはずっと、自分が病んでしまう理由や

根本的な闇が明確に分からずにいました。

でも自分なりに分析したり認知行動療法を

学んでいくうちにだんだんとそれが

分かってきました。


その理由は一番は、

家庭環境です。

いわゆる毒親ですが、

私の場合一概に毒親と片付けていいか

分からないタイプでした。

父は一年前他界しましたが、

それまで普通に父母共に居て、

周りからはいいお父さんお母さんだねと

言われてきましたし、

実際常識や他人への接し方等

全く問題がありませんでした。ただ、どういった部分が毒親かと簡単に言うと


「当たり前に満たされるべき承認欲求・自己肯定感が一切満たされない教育の仕方」であったと思っています。



父も母も、自分の理想とする子供像を私に異常に求めました。親なら誰しも少なからずある感情なのでしょうが、その押しつけが強かったと思います。例えば、「服装、髪型、体型、成績、将来の夢」など、ある程度自分の意思や好みの自由が尊重されるべき点も、親の意にそぐわないと「似合わない」と即断され、思春期にやや普通体重からオーバーした時も健康面等ではなく「一緒に歩いて恥ずかしい」や就活の際、大手の最終面接で落ちてしまった時も慰めるという事は全くなく「太ってるからじゃない?」という心無い言葉でした。


上記は一例でしかないですが、病気を発症した歳も同様の発言が繰り返され、「みんな熱があっても無理して仕事に行ったり、頑張りながら治してるのになんで外に出ない?」と言われたり、薬を処方されても「薬害だから」と勝手に捨てられたり等で一緒に住んでいたら一生治らないし良くならないと考えて、その当時付き合っていた彼の実家へ逃げるように移り住みました。しかし経済的にもきつい面もあり、私は結局恋愛観にもどんどん支障を来して行きました。


付き合う=同居してくれる人で無ければならない


という、両親とも病気に理解が無いどころか毎日傷つけられ余計精神を病むしかない状況の中で、身内には誰にも頼れないんだという認識を濃くして行ってしまいました。



そして父が亡くなった現在になり、私は一度母に気持ちを爆発させたことがありました。病気になってから1人でどんな思いで治療をして来たか、どれくらい孤独だったかと。理解できないならしなくていい。でも、なんの病気でも同じで、


「家族が元気じゃない時は大丈夫?という気持ちでいて欲しい」


という単純で当たり前の気持ちがあるだけだと伝えました。


今私はたまに弟が訪ねてくれますが一人暮らしで、自分の経験を活かしたいと思い、不登校児のカウンセリングや同じように苦しんでる方の認知行動療法のお手伝いの仕事を個人でしています。


そして、母が変わろうとしてくれている今が一番幸せなのかもしれません。

ただ、自分が異性に対して接する時、最初に「この人は私の病気のことを受け入れてくれるか、好きでいてくれるか」という感情からしかスタート出来ていないことにとても悩んでいます。今までの生育環境や発症後少なからず彼氏という存在で助けられてきた私にとって、相手と初対面でも「友人」というフラットな考え方が自然とできないのです。


それ故、相手に好意があると勘違いさせてしまったり、好意がない相手に対しても、自分を好きでいて欲しいと思うあまりそのような対応を自然と取ってしまうことがあります。


一人暮らしで自立して、母との仲が回復している今が一番幸せなのかもしれませんが、どうしても打ち消せない過去の記憶や環境で、男性との上手な距離感の保ち方が全然上手くできないことが本当に悩みです。

まだ自分なりの解決策が見つかっていませんが、どうして行くのがベストなのかなと日々模索しています。。


私は自分に子供がいつか生まれたとしたら


もちろん他人に迷惑がかかったりしない常識の範囲でですが、

・自分の着たい服や髪型の好みは尊重する

・ちゃんと褒めてあげる

・叱る時のソースを自分の理想ではなく

子供の健康や道徳をベースに考える


最低限それは必ず守りたいな、と思っています。


毒親育ちで今も苦しんでいる方へ


自分をみんなに認めて欲しい

褒めて欲しい、そばにいて欲しい

見捨てないで欲しい、不安にしないでほしい

無条件に愛して欲しい


そんな気持ちがある方が

少なくないと思います。

誰かに依存することもあると思います。


まずは私が大切だと思うのは

「依存先をひとつ、一人にしないこと」


当たり前のことと思うかもしれませんが私は意外と未だに難しかったりします。


人に上手く頼れないひとは、好きな事、趣味でもいいと思います。

寄生先という言い方が好きでは無いので、「帰属先」と呼びますが、帰属先は多ければ多い方がいいです。

100パーセントを誰かに預けるのは危険なことだと思っています。その人が居なくなった時にゼロになってしまうからです。


数パーセントずつなんて器用なことは難しいのかもしれませんが、少しずつ興味を持てること、自分の好きなことは何か?を、自覚して行けたら生きるのが楽になるのかもしれませんね。。


今回は長くて失礼しました!

読んで頂きありがとうございました🌸



つむぎ